『監禁嬢』は河野那歩也さんの作品。男が南京錠を首にかけた女に全裸で監禁されたところからお話が始まります。
男の名は岩野裕行。妻の美沙と乳飲み子の日輪子を家族にもち、高校教師をしています。最近生徒の藤森に愛を告白されて断ったばかり。女はカコと名乗り、自分の名前と目的を当てろ、と言い、椅子に縛りつけた岩野を強姦します。そして「アナタが私を忘れたのはアナタがアナタを忘れたからです」と謎の言葉を吐きます。
ここから先はネタバレなのでご注意下さい。
翌日カコは藤森を連れ出して岩野に会わせ、監禁を解きます。カコは美沙にとりいって岩野家で食卓を囲ったり日輪子を歩道橋から放り投げたり、岩野の同僚、茜を拉致して自分の虜にし、茜を操作して岩野の悪評を学校に流させたり、邪魔になったら茜と茜の元愛人の男性教師をまとめて殺したり、やりたい放題。
岩野は藤森と協力しあって監禁場所にあったヒントをたよりに、大学時代の彼女、美沙の友人でもあるシンガーの葵に会いますが何の情報もありません。学校では悪い噂がでまわったことで校長から釘を刺されます。そんな中、文化祭が始まります。
葵は文化祭に来て岩野に会い、何故自分とは別れて美沙とは結婚したのか問います。美沙はありのままの自分を受け入れてくれたから、と答える岩野の後ろで、葵の昔の歌が流れ、続いて岩野と葵のセックス中の喘ぎ声が大音量で校内に響き渡ります。もちろんこれはカコの仕業。この事件で岩野は完全に被害者ですが、このことで教師の職を失い、マスコミにも追い回されます。
美沙は日輪子を連れて実家に帰ってしまい、岩野は冬休み中の藤森と一緒に大阪に行き、実際に大学に足を運んで大学時代を振り返ります。そして求められたのに抱けなかった文未乃を思い出し彼女を訪ねると、文未乃は実際にはあの晩、岩野に強姦されたのだとなじります。ショックをうける岩野。でもこれは実はカコの差し金で、文未乃は父を誘拐されて脅迫されてありもしないデタラメを岩野に語ったのでした。
岩野は次に京都に行きます。美沙に会うためです。復縁を期待した岩野ですが、美沙は拒否します。実は文化祭で流れた音声を録音したのは美沙だったのです。イケてないポッチャリムスメだった美沙は飲み会でたまたま席が隣だった岩野に惚れ、ダイエットして美しくなり、岩野の彼女の葵に近づき、虎視眈々と岩野を狙っていたのです。それが、日輪子が生まれた瞬間にすべて変わり、人生の中心は日輪子になった、教師の職を追われた岩野では日輪子を守る同士として信頼できないと、美沙は言います。
美沙から別れ際に渡された封筒には記入済の離婚届。他に香水が入っているのに藤森が気づきます。岩野と藤森は知りませんが、岩野に会う直前、美沙はカコと会っていたので、ヒントとして渡すように言われたのでしょう。その香りで岩野が思い出したのはカコと似た雰囲気を持つ、舞という少女でした。
舞は岩野の初めての相手。同意して行為に及んだものの、終わると舞は泣きながら気持ちわるいと岩野を拒否したのでした。カコは舞なのか?疑問を持ちながら岩野と藤森はついに肉体関係を持ち、いったん東京に戻ります。
刑事が岩野を訪ねてきます。茜と愛人の遺体も見つかり、南京錠をつけた女について警察も捜査を始めます。藤森は卒業し、岩野も手に入れ幸福な毎日を送って…いたところでカコに拉致されます。カコから呼び出され島根に向かう岩野。それを追う刑事。
岩野はまず友人を介して舞に会います。舞はカコではありませんでした。舞はホステスをしています。横に座っていても人間らしさを感じさせない空虚な女に舞はなっていました。舞は、中三時代の岩野はやることばかり考えていた、と指摘します。一方、岩野を追ってきた刑事は路地でカコとすれ違います。首元の南京錠でカコが犯人だと確信した刑事をカコは鍵でメッタ刺しにして逃げます。
舞に指摘された岩野は思い出します。中三のとき自分が何をしたのかを。彼女にやらせてもらえない岩野や友人たちは性欲を満たすため、仲間同士で性行為を行っていたのでした。いつものメンバーに飽きた岩野たちは仲間を増やそうと、同級生の美少年、合原陽太を公園の機関車の荷台に呼びだして軽い気持ちで強姦したのでした。カコの容貌が陽太に似ていることに岩野は気づきます。
岩野は機関車まで走ります。待っていたカコに、お前は合原陽太、男じゃ、と告げます。すると、カコはとんでもないことを語りだします。カコは陽太の姉でした。カコの父が亡くなると寡婦となったカコの母に岩野の父が目をつけ、海沿いの小屋で一緒に暮らし始めます。カコと陽太は一日ごとに外に出され、小屋に残された方は母とのセックスの合間に強姦され続けます。ある日鍵で父に反抗しようとしたことをきっかけに、陽太は鍵で体中に折檻されるようになります。カコは学校で屈託なく友人と笑う岩野を見て複雑な気持ちになります。
実は岩野の父がひどい男で、子供たちのひどいケンカをニヤニヤしながら見ていたり、家に帰らない描写や、母が父をにくんでいるシーンなども時々でてきていたので、父が合原の家に入り込んで悪虐三昧をしていたことがここでつながります。
ある日家に帰ったカコが見たのは息耐えた陽太と嘆く母。とっさにペンチで岩野父に殴りかかるカコ、ニヤニヤしてかわし、カコの性器をまさぐる岩野父。それを見た母は岩野父にとびつきくちをむさぼります。狂った3人の動きの中で、カコは鍵で岩野父と母を殺します。自分も死のうとしたとき、弟のケータイに気づきます。見ると弟が岩野らに強姦される一部始終と陽太に覆い被さる岩野の顔が写っていました。カコは岩野に殺されることを目標に生きることを決意します。
藤森を殺したとカコに告げられて激高する岩野はカコの首に手をかけて殺そうとします。が、上記の事実を語り「アナタにずっと殺されたかった」と訴えるカコをみて岩野の気持ちは萎えます。岩野は父親がしたことは自分は知らないし、陽太にしたことは今考えるとひどいけど当時は仲間にいれてあげたくらいの気持ちだった、自分のことは義務でしか悪いと思えないと告白します。
すっかり毒気を抜かれたカコは、岩野を藤森のもとに案内します。藤森を殺したというのは岩野の殺意を引き出すための嘘だったのです。そしてカコは二人の目の前で鍵をつかって自分の顔と首を切り裂いて自殺します。
後日談。一命をとりとめた刑事は、中三のときの罪は法律上問えないといいます。でも何か謝罪の念を示したいと食い下がる岩野に刑事はつめたく去勢でもしたら、と呟きます。
葵は垢抜けてより大きなライブハウスでうたっています。藤森は岩野の罪をすべてを受け入れ、受け入れた自分に満足感を持っています。自分が変わらなけてば変わらないものを手に入れたからです。
岩野は定期的に日輪子に会っています。でも、日輪子の手を取ったときには自分の手が血にまみれているように感じます。ふとした折に周囲の人が、カコに見えてしまいます。なかったことにしないこと。それが岩野の贖罪です。
えーーっと。かなり詳しく内容を紹介しちゃいました。この漫画、確か最初は3巻まででているところで読み始めて、その後は出版される度に読んでいたのですが、見どころはただひとつ。どんどん明らかになってゆく主人公岩野のだめ人間っぷりでした。
このお話をキライになるとしたらいくつかきっかけがあると思うのですが、冒頭で主人公が女性に強姦されるところ、カコが岩野家の食卓の下で岩野の性器を足で弄んで岩野が妻と子供の目の前なのに反応してしまうところ、カコが日輪ちゃんを歩道橋から投げるところが最大のイヤエピソードだと思います。岩野の超人的な反応で日輪ちゃんは助かりますが、カコちゃんが誰で目的が何であろうと、赤ちゃんを殺人未遂するなんて受け入れられないという方は多いと思います。強姦も含めて性的な描写が多すぎるのもちょっと気持ち悪くて、藤森が学校のトイレで自慰行為しているのも、そんな女子高生いないわ、という気持ちになりました。
茜ちゃんが殺されるまでは、多分わりと美形の高校教師が、教師という立場上仕方なく化粧過多なブサイク生徒を指導していると、若さに嫉妬してるんですねオバサン、とか言われちゃうのに「まったくもう」くらいですませ、岩野と藤森の不穏な現場を目撃しても「わお」くらいで済ませるところが好きでした。つまらない男と不倫してるなーと思ってたのですが、不倫相手の家族を思いやったばっかりに、カコにあっさり殺されちゃってショックでした。
それでもとにかく岩野のダメっぷりが読みたくて新刊がでる度にワクワクして読みました。教師を追われて最愛の妻とムスメに去られて訳わからない女に脅迫されてて、それなのに美人の教え子を連れ回すってどうなのよ、とツッコみながら読んでいましたが、この物語をミステリーと考えると、岩野は一応ホームズ役で藤森はワトソン役(逆かも)なので、まあそれはそれでいいかな。
葵と付き合ってたとき、小説家になりたい夢を、夢を叶える男の支えになりたい葵に利用されてヒモになってしまい、結局それがいやで関係がダメになって、別れるときも路上でギャアギャア泣きながら言い合った、というダメっぷりエピソードもリアルな感じで好きです。
文未乃に、あんたあたしをレイプしたじゃんマジ覚えてないの、といいがかりをつけられた時に自分を信じられなくて文未乃の言葉を信じちゃうダメさもよかったです。ていうか私が文未乃の言葉を信じちゃいました。ダメ男だからそれくらいするだろうって。
舞ちゃんは本当に生気の感じられない描写が上手でした。だから舞とのセックスのシーンはとても怖かったです。それを刑事さんが意図せず出歯亀してるのもなんともいえない気分にさせられました。
そんな風に岩野のダメっぷりを楽しんできた私でしたが、どうしても受け入れられないダメさがありました。陽太を強姦してそれを忘れていたこと、そしてそれを義務としてしか悪いと思えないことです。
岩野父は鬼のような人間で、折に触れて彼の笑顔の恐ろしさが描かれていました。岩野父の最期に至るシーンは、カコの顔が黒く塗りつぶされ、セリフが一切ないという意欲的な漫画表現がされていたと思います。私は父の顔が怖いのと性的な表現もちょっとこわくて、最初に読んだときはざーーっと読み流してしまって、今回このブログを書くにあたってなんどか読み返して上述のように理解したのですが、もしかしたら間違ってるかもしれません。でもとにかく父の笑顔には非人間的なものがあって、岩野たちが捨てられて合原家が被害にあったことは、岩野にとっては幸せだったね、もし父が家に居たら岩野たちも普通の人生は送れなかっただろうから、と思いました。全体に画力が高くて、カコちゃんは当初は素朴な感じでときどき目を大きく描いて異常さが表現されていたのが途中からクールな美女に変わってしまったので戸惑いましたが、それも物語の展開にあっていてよかったです。
とはいえ、岩野父の非道は岩野には責任がなく、岩野が自分の罪として受け入れられないのは当然のことだと思います。カコもそれはわかってたんだとは思いますが…まさか過去の自分の男性に対するレイプを覚えていなかったうえ、義務としてしか悪いと思えないとは。ダメ人間にしてもほどがあるでしょう。ということで、そこまでかなり楽しんで読んできた気持ちがここで一気にかわりました。
私にも矛盾があります。話の冒頭でカコが岩野をレイプしていますが、このときの私の感想は、この状態で勃ったり射精したりできるのかな?程度でした。女性がレイプされるときに粘液がでるのは感じているのではなく、挿入されて傷つくことを防ぐために、体が刺激を受けると反応するからだ、といいますが、男性はどうなのでしょう。実際、岩野が藤森と最初にセックスを試みたときは失敗しています。精神的なものからでしょう。岩野はカコにも藤森にも舞にも無理矢理迫られたときに反応していますが、レイプされてそうなるものでしょうか?男性が女性に強姦されることはあると思うし、被害者のショックも大きいだろうと思うのですが、岩野がいつもわりと喜々として女性とセックスすることもあって、女性から男性へのレイプはそれほどショックではないのに、少年時代の岩野が同級生男子をレイプしたことが許せないと思う自分の感覚に戸惑ってしまいました。
カコの目的は、実際には名前や目的当てではなく、岩野に自分を殺させることでした。岩野を追い詰めるためとはいえ、茜たちを殺したり、美沙に岩野を棄てさせるための後押しをしたり、随分長い道のりを通ったと思います。それなのに目的は果たせなかった。最後に残されたのはヒドイ死に方を岩野と藤森に見せつけることで一生忘れられない強烈な印象を岩野に残すことでした。いまのところ、岩野には効いているようです。でも、藤森が岩野を受け入れたことで、また岩野は変わっていき、カコを忘れてしまいそうな気もします。藤森は、自分が変わらなければ生涯変わらないものを手に入れたと言っています。女子大生のいまは変わっていないみたい。でも社会人になってさらに世界が広がったらどうなるでしょう。他に夢中になるものができたら藤森は岩野を捨てると思いますが…どうなるんだろう、岩野と藤森。
読者としての主人公への寛容さが試される不思議な一作でした。