『君が僕らを悪魔と呼んだ頃』。気になるタイトルです。Renta!で時々1巻まるまる無料になるのでつい読んでしまいます。さの隆さんの作品です。
斎藤悠介は高校生。環という彼女がいてまだキスもしてないことを友人たちに羨望の眼差しで見られると同時にからかわれる普通の男の子です。
でも彼の記憶は生まれてから15年間、すっぽり抜け落ちています。
ここから先はネタバレなのでご注意ください。
悠介は実は中学生時代、学校内で行われるあらゆる犯罪を楽しんで犯す悪魔のような存在でした。とりまき以外の男子生徒たちにはいじめを超えた暴力の数々をふるい、女子生徒は全員を繰り返しレイプしていました。バイト仲間のシュウにそれを教えられ愕然とする悠介。シュウは被害者で転校して悠介から逃れたのにバイト先でまた会ってしまい絶望した。それなのに、悠介はシュウの背中の大火傷の痕を見て心を痛める高校生に変わっていたのです。とまどいを爆発させすべてを悠介にぶちまけるシュウ。
後日会澤という美少年が学校に現れます。手のひらに大きな穴が開いている会澤のくせはその穴ごしに人を見つめること。その穴は悠介が面白がってあけたものだといいます。会澤が悠介につきまとい始めたのは悠介と一緒に行った犯罪の一部始終を記録したSDカードのありかを聞き出すためでした。
悠介が記憶喪失となり中学時代とは全く違う腑抜けになったとの噂から、悠介に仕返しを目論む輩もたくさんいますが、会澤はそんな悠介やその関係者を復讐者から守っているのでした。SDカードのためといいつつ、実は悠介に惹きつけられているのです。
悠介の記憶を呼び覚まそうとする会澤の努力が実り、悠介は過去を思い出します。悠介は人を殺していたのです。
話は過去に遡ります。高校生になって過去の犯罪から手を引いた悠介は退屈な毎日の中で、自分が何度も集団レイプして孕ませ自殺未遂に追い込んだ一ノ瀬に会います。自分のことを汚いと罵る人々の声が聞こえるという一ノ瀬は悠介に助けを求め、ふたりはかけおちします。誰もしらない寒村で悠介と一ノ瀬は生活を始めます。周囲はいかにもなにかありげな二人を暖かく受け入れます。レイプの加害者と被害者として不思議な関係を続ける二人の前に、本物の悪魔が現れます。一ノ瀬の母のストーカーで、交通事故を装って父母を殺した犯人です。今度は母の娘である一ノ瀬を自分のものにしようとします。
悠介が殺したのはこの男でした。悠介と一ノ瀬はこの犯罪を隠すため、別離を決意します。悠介は一ノ瀬と暮らすうちに一ノ瀬の意図どおり罪悪感に目覚め、あまりの罪悪感のため、本当に記憶を失って過ごしていたのでした。
記憶を取り戻した悠介は罪の重さに、死ぬことを決意します。生きることに意義を見いだせないでいた一ノ瀬は一緒に死のうと悠介を誘います。そこに環が現れ、悠介に必要なのは死ぬことではなく償うことだと説得します。意に介さない一ノ瀬でしたが、自分の飼い猫のユースケが無邪気に自分にじゃれついて来るのを見て心が揺らぎます。結局二人は生きることを選ぶのでした。
それから数年。悠介は20代半ば。定職にもつかず放浪生活をしています。好意を持ってくれた人の家でやっかいになり、それが厄介ごとをひきおこして事件につながったり、悪魔のような中学生だったことがばれて土地を追われてしまうような生活を送っていました。
ある町で出会った刑事に目をつけられ、悠介はこの刑事に殺人の罪を着せられかけた上で殺されそうになります。しかし、自身も刑事となっていた会澤が悪徳刑事を取り押さえました。全ては終わったかに見えましたが、一瞬のすきをついて悪徳刑事が悠介を射殺します。享年28歳。幼い時に残虐非道を繰り返して悪魔と呼ばれ、その後の人生を棒にふった男の最期でした。
悠介は死にゆく中で娘がいることを会澤に伝えます。中年となった一ノ瀬は成長した悠介の娘から、悠介がどのように娘の母と出会い、子をなし、悪魔として町から追われたかをききます。一方、悠介に救われた一家の末娘は悠介のことを絵に描き、悪魔と呼ばれて日本のどこにも居所がなく、自身も過去に自分が犯した罪においつめられていた一人の青年の姿を発表し、斎藤悠介が人の目にどう映るかを問うのでした。
Renta!の無料の1巻を何度も何度も読んで、読み進めるかどうか非常に迷った作品です。シュウが悠介に「これからお前は過去の自分が犯した犯罪に追いつめられてゆくのだ」と言っていることもあり、中学生でありながらクラス中の女子を集団レイプし、妊娠させ、下級生をその兄の目の前でレイプするような少年が、過去に復讐される話です。重たくて辛い話になること必至です。
でも、何度も無料になるのでそのたびに読んでしまい、結局最終巻まで読むことになりました。
被害者の一ノ瀬は悠介を憎んでいると言いながら、愛しているとしか思えない行動に出ます。悠介に罪悪感を持たせてみるというのです。悠介は笑い飛ばしますが、結局一ノ瀬の作戦は成功して、悠介は強い罪悪感を持ち、それに耐えきれなくて記憶を失います。悠介の母は、息子の非道な行いを知りながらも諌めることもせず、記憶喪失になったら「あなたは素晴らしい息子だった」と嘘をつき、年老いてからは「あんたなんて産まなきゃよかった」と言い放つような女性です。悠介はその母にはあまやかされて育ちますが、一ノ瀬や環といった強い女性のおかげもあって、人間らしい心をとりもどしたのでした。
そのくだり、とくに一ノ瀬と悠介による田舎の漁村で罪悪感を埋め込まれるあたりは、少年少女の「自分さがし」のファンタジーのようです。シュウが悠介に悠介の過去をばらした時、お前はこれから自分の過去に追い立てられ復讐され続けるのだ、と語っていた中で過去に戻って自分探しの物語が始まるので、若干肩透かしをくらったような気持ちになります。
また、一ノ瀬の気持ちも謎です。一ノ瀬は悠介を好きだったことになっていますが、父母をストーカーに殺された少女が、壮絶な集団暴行や集団レイプを企画して指揮して実行する同級生を好きになるものでしょうか?しかもその同級生は繰り返し自分を集団レイプし妊娠させ、自分は自殺未遂までしているのに。好きだったから、愛憎入り混じった複雑な気持ちで一緒にいる、にしては一ノ瀬の過去は壮絶すぎるし、悠介の犯した犯罪も壮絶すぎると思うのです。
ずっともやもやしつつ、平凡に幸せに生きてきた環の言葉は、壮絶な経験を経て加害者と被害者という不可解だけれど固い絆で結ばれた二人には届かないだろうと思って読んでいましたが、ネコという無垢で守ってやらなければならない存在によって、一ノ瀬と悠介が自殺を思いとどまるところではほっとしました。
何がモヤモヤしたかというと、一番は悠介が中学生のときに犯した罪のあまりの重さです。シュウの背中に熱湯をかけて日本地図を描こうとしたことなどはおそらく彼の犯罪の中では普通レベルのことだったのだろうと思わせる描写、被害もクラス内はおろか他の学年までおよんでいます。母親はそんな悠介に見てみぬふりをして甘やかしていましたが、周囲の大人はいったい何をしていたのでしょうか。先生たちは絶対悠介たちの悪行非道を知っていたはずで、こんな犯罪者が大手を振るって卒業していいのか、というところがずっとひっかかっています。それとも、今の中学生にとっては暴力も性犯罪もそれほどにも身近にあるのでしょうか?
中学生の悠介のあまりの罪の大きさに、その後に犯した殺人という大罪はかすんでしまいます。この犯罪はそれまでの身勝手で短絡的なものとは違い、一ノ瀬を守るために止む無く犯した切ない犯罪なのですが、その後この殺人で検挙されたふしがないこともあって、ついつい殺人の大罪と、一ノ瀬と悠介がこの殺人については共犯者としての絆を持っていることも忘れてしまいます。記憶喪失の悠介がシュウから「あいつを殺した」と言われて大きなショックをうけるのですが、どう考えてもその後の悠介についてまわる悪魔という評価の中に殺人のことははいっていません。ちなみにシュウが言っていたのは、悠介のせいで自殺に追い込まれた同級生のことですが、それは本編ではでてきません。
大人になってからの悠介には違和感ありまくりです。悠介が自分の気持ちを語らず他者の視点で物語が語られるせいもあって、どう見ても不審者だし、いいひとでも幸せを運ぶ男には見えません。幸せになろうとすると邪魔者が現れる(過去をばらす者がいたり、最後の刑事みたいに悠介のあやしさを利用して自分が殺人を犯すものがいたり)のですが、正直自分の過去に復讐されてる感は薄くて、自分も積極的に幸せに背を向けているように見えるし誤解されても仕方ないあやしい人に見えてしまうのでした。ここらへん、地方都市でくらしたことがないとわからないのかもしれません。
私が首都圏出身と知って「自分の地元に比べ首都圏の人はつめたい」と主張してくる人たちを過去に何人か知っています。大阪や名古屋のような大都市出身のひともいますし、もっと小さい町出身のひともいます。きっとその方の実感なので、私の何かが彼らにそのことを言いたくさせているのでしょう。でも一方で、地方転勤で壮絶ないじめにあって引きこもりになってしまった友人も知っています。
小さい町で「よそ者がいついたけど、仕事も真面目にやるし子供にもよく好かれてる」という評価のところに「あいつは中学生の頃から殺人以外のあらゆる犯罪をおかしてきたらしい」の情報が入ったとたん、手のひらを返したように町中で排斥するというのはよくあることなのかも?ここらへん、感覚的にわかりません。確かに都会のひとはそんなに人のこと見てないですからね。子供を不審者と遊ばせたりしないし。
じゃあ何故悠介は小さい町を点々としてたのかな?という謎は残ります。結局は温かく受け入れてくれるコミュニティを探していたのでしょうか?悠介が幸せになるためにあがく姿がでてこないのはこの作品の特徴といえます。
娘がでてきたり、悠介のありのままを描いた絵がでてきたりしてもそこで感動するというよりは、大人になってから28歳で亡くなるまでの彼の人生は、果たして過去の罪による断罪だったのか、それとも悠介という人物の必然だったのか、ということを悶々と考えるのみです。
というわけで、お話を読むともやもやしちゃうのですが、色々なことを考えさせられる漫画ではありました。そして、1巻がしょっちゅう無料サービスで読める理由もわかりました。物語に引き込むインパクトがものすごいのです。まあ、そこまで考えてというより新しい巻が出たから1巻が無料とかだったのかもしれませんが。
面白かった、と手放しには言えない。でも、読み応えのある作品でした。