母様の家−拝み屋 郷内心瞳の怪異譚

『母様の家−拝み屋 郷内心瞳の怪異譚』は漫画 武田逸可さん、原作 郷内心瞳さんの作品です。原作者が主人公の拝み屋なので、よくある心霊士の調伏物語だと思って読んでみましたが、まるで違いました。

拝み屋の郷内は普段は家内安全祈願や合格祈願、鎮魂祭に屋敷祓い、先祖供養にペット供養などを手掛けています。師匠筋からも拝み屋は地味なものだと言われています。

ここから先はネタバレなのでご注意下さい。

母様の家−拝み屋 郷内心瞳の怪異譚 漫画 武田逸可 原作 郷内心瞳 KADOKAWA

一巻は、郷内のところにいろんな依頼人が来るお話です。よくある心霊士ものでは、心霊士が依頼人の話を聞いて霊視してなにが祟っているか解説して、そして除霊します。私はそういう作品も好きです。特に『強制除霊師・斎』シリーズで、斎さんがズバッと除霊するのはスカッとします。

郷内は違います。拝み屋の仕事は依頼人の希望に沿うこと。同業の先達の華原雪路(男性)からも師匠筋の水谷源流からもそう言われています。稀に本物の心霊事象にあたっても決してそれを祓う力があると自分を過信するなというのが、彼らからの教えです。

しかし、郷内のところに短い期間に異様な依頼が立て続けにきます。極めつけは千草という深夜に取り乱して訪ねてきた女性。母親の霊が自分をどこかに引きずり込もうとしていると言います。お祓いをしてお守りを渡すことでおちつかせます。

2巻になると千草は自分が経験してきたいくつもの怪談をします。わけがわかりません。郷内は千草を見限って家を出ますが、千草は「母様を処分して欲しいの!わかって」というばかりです。

後日、水谷のところに来た相談者の話に郷内は同席させられます。依頼は亡くなった義理の母の霊を祓ってほしいということ。いまは老齢に差し掛かった立花昭代が、結婚当初の話から問わず語りで語ります。夫が義母と通じていたこと、上の娘は夫と義母の子供であること、夫は自殺したこと、実の子である息子も成人してから自死したこと、義母は伯父との情交中にふたりとも突然死したことがわかります。昭代が千草の育ての母であることに郷内は気づきますが、水谷は郷内をたしなめます。昭代は夫と義母が同衾していた晩はいつも狼の咆声がしていたこと、義母の霊が今になってきて悩んでいることを訴えていたので、水谷は除霊をして昭代を落ち着かせて帰らせます。

水谷はいいます。もともとは昭代の家を訪ねるはずだった、でも道中に大きな狼が現れて行けなかった。自分の手には負えない、郷内も千草の件には関わるな、さもなくば命を失う、と忠告します。

郷内は昭代が水谷に渡した家系図に現れる人物たちが、最近自分の元に舞い込んできた異常な依頼人たちであったことに気づきます。読者もここで初めて、これが単なる心霊士の活躍伝ではなく、特定の一家にまつわる怪異譚であることに気づきます。

千草が郷内に処分してほしい「母様」は人によって違うものにみえるようです。昭代の義母には美しい仮面、千草の従兄の真也には美しい珠、千草には千草が最も欲しがっていた優しい母に見えていました。もともとは義母の夫が庭に現れた正体不明のモノのクビを落としたもの。千草は幼少の頃は母様に惹かれたものの、家をでてからは生きている人の顔が箱の中にあったことに恐怖し、生みの母が死んだ後に育ての母である昭代のそばにそれがあることを心配して持ち出していたのでした。郷内に処分して欲しいのに惹かれる気持ちもあって言い出せずに断片的な話をして気づいてもらおうとしていたことがわかります。

千草を救うと決意した郷内に情報を与えるため実家を訪れた千草と郷内は真也に追われます。真也も人並み外れた霊力を持ち、千草が持ち出した「母様」を自分のものにしようと待ち構えていたのでした。クルマで逃げる千草と郷内を追う真也は自分の能力「咆哮」で二人を苦しめます。千草の機転で逃げ切った二人でしたが、その日は疲れ果て、翌日の約束をします。

しかし翌日郷内はとても起き上がれる状態ではありませんでした。その後も千草とは連絡がとれなくなりました。実は千草は亡くなっていたのです。真也の咆哮中、郷内は耳を押さえていましたが、千草はずっと運転し、咆哮をまともに浴びていたので、耐えきれなかったようです。

千草が亡くなったことがわかったのは昭代がきたからです。死んだ娘が自分を呪っている、助けて欲しいと訴える昭代に郷内は呆れますが、華原が同行します。真也も現れ、供養をする華原に「祓って欲しいのであって供養など頼んでない」と詰め寄ります。華原は真也を軽くいなし、昭代に、千草は呪っているのではなく愛する「お母さん」を心配しているのだと告げます。憎い姑と夫の娘だったはずの千草がずっと自分を慕っていたことに昭代もようやく気づきます。

真也はそれではおさまりません。「母様」を探す真也に、華原は何やら首のようなものをみつけて見せ、壁にぶつけて壊します。壊れたそれは獣の骨のかたまりにしか見えませんでした。

家に帰った華原は妻と話し、眠るように息を引き取ります。郷内は、自分を助けるために華原が命をかけて「母様」を葬ったことに気づきます。

昭代は千草の娘を引き取り、千草にかけなかった愛をふんだんに注いで育てます。郷内は拝み屋として生き続け、妻を娶ります。

ある日熱がでて病院にいた郷内の前に真也が現れます。真也も自己流で修行を積んで拝み屋になったといいます。「死ぬまで熱が下がらないようにしてやるよ」といい郷内の首に手をかける真也。血が沸騰するような熱さを感じたそのとき、真也の耳に「今度会ったら殺すっつったろ」という声が響き、真也はコソコソ逃げ出します。郷内の目には歩き去る華原のキモノのたもとが見えるのでした。

最初に書いたとおり、一巻では郷内が物事を解決しないので、もどかしくなります。ここで離脱してしまう人も多いのではないでしょうか?私も離脱しかけましたが、何か引っかかるものがあって読み進めました。2巻も千草のとりとめのない怪談ではじまって、なにか惹きつけられはするものの、何を読んでいるのかよくわからず、郷内も何か解決するわけでもなく、千草の意図ももちろんわからず、戸惑いました。

そこで始まる昭代の物語。ここで初めて「あれ?」と思います。一巻ででてきた菊枝の話や千草の話とつながっているからです。郷内が気づくのと同時に読者も気づくので、そこで初めて話がストンと自分の中に入って来ます。水谷や華原が、拝み屋は地味なものだと解き、自分の手に負えないモノに手を出すな、拝み屋としての自分の力量を見誤るな、と諭してきたことが読者の心にもよく伝わってきます。

よく心霊士ものでは、他の心霊士が手を引いた案件を主人公がズバッと解決する話がでてきますが、このお話では、無茶はするな、拝み屋のしごとは霊の調伏ではなく依頼人の希望を叶えることだ、という水谷や華原の教えがすんなり入ってきます。それと同時に、それでも自分は千草を救いたいと思う若い郷内の気持ちも好ましく感じます。

真也の描写も独特です。鼻持ちならない性格で、人柄の悪い真也が「母様=至純の光」を手に入れられなかったことにはスッキリしますが、数年後そのままのひねくれた性格で力を増し、郷内は真也に歯が立たず、華原に守られ、結局は真也を野放しにします。他の心霊士ものだったら、悪の心霊士は主人公に懲らしめられそうなのですが、郷内はただ恐怖するだけで、先達の霊に守られていることを感じるだけ、というのが、自分は決して特別な存在ではない、ただ守られていて生かされているのだ、という郷内の独特な立ち位置が伝わってきて良かったです。

昭代にとってはこの世は生き地獄のようだったけど、義母がいないときに天井裏から幸せな歌声が聞こえてきたというところから、母様は昭代にとっても美しく優しい存在であったことがわかります。一方で、義母と夫が姦通している晩に聞こえてきた狼の遠吠えや、水谷が見たという巨大な狼はいったい何だったのでしょうか。亡くなった千草の家で華原が見つけたそれは、壊れる前は長髪の首のように描かれていましたが、壊れる前は華原や郷内には何に見えていたのでしょうか。

そういうところで全部スッキリしたい人にはこのお話はむかないと思いますが、私にはとってもおもしろいお話でした。千草はかわいそうでしたが、昭代が亡くなった千草への愛情を取り戻したことで、私にとっては幸せな物語になりました。一巻で離脱しなくてほんとによかった。

郷内さんは小説を書いてるようで、その紹介文によるとリアルに拝み屋のようです。小説も読んでみたいけど、紹介を読んでるだけで怖い。このお話も、怪異に解説やオチをつけずに、薄幸の女性が命をかけてお母さんと娘を守るお話として構成されているので、多分小説もそうなのでしょう。斎さんシリーズで必ず霊は除霊されて、場所も赤いラメ入りのシールドで守られて安心して読み終われるのとは違いそうです。オチがない怪談はホントに怖いからやっぱり読めない。でも、この「母様の家」が面白かったのでまた誰かに漫画化して欲しいです。

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[原作]郷内心瞳 [漫画]武田逸可

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