『赤ちゃん本部長』は竹内佐千子さんの作品。本部長の体がある日突然赤ちゃんになってしまう、頭の中身は本部長のままなので、部下がお世話をしつつ執務を続けるお話です。
主にお世話をするのは男性社員。赤ちゃんになった本部長は生理的には赤ちゃんなので、食べ物やお昼寝は赤ちゃんなりにとります。
ここから先はネタバレなのでご注意下さい。
本部長の周囲はバラエティに長けています。パートナーが同性の男性、ボーイッシュな女性、ユーチューバーの社員、鬱から復帰したばかりの社員などなど。取引先や、赤ちゃんになったパパの家での世話をする一見強面風の一人娘、そしてヤクザの跡取り娘の元妻なども入り乱れて日々生活を続けます。
このお話は勿論コメディなのですが、周囲のひとのおかげでダイバーシティについて考えさせられるものになっています。男性で出世していて体格もよくて能力も腕力もある本部長、ずっと勝ち組できた彼が、赤子という無力な存在になり、赤子は母親のものではないと憤ったり、自分の無力さに感じ入ったり、部下の気持ちに寄り添ったりします。
元の本部長時代からおそらく部下に慕われ、上司ともよい関係を築き、取引先にも信頼されていたのでしょう。赤ちゃんになっても周囲は本部長とのよい関係を受け入れ、新たな人間関係を作ります。本部長は弱く人に守られなければ何もできない自分だからこそ見えてくるものを大切に部下を気遣い、仕事で自分がカバーできない点は任せたりしています。
見た目が赤ちゃんなのでかわいくて、部下もいろんな服を作って楽しんだりしていますが、中身はしっかりおじさんなところがおもしろかわいくてさじ加減が絶妙。作者さんの巧みさに舌を巻きます。
そんな本部長ですが、大人に戻るとすっかり様子が変わってしまいます。見た目は、あの赤ちゃんがおじさんに戻った姿として違和感なく、でもしっかりちゃんとおじさんになっているのが面白かったです。
赤ちゃんになったときの本部長は周囲の状況も仕事も全部覚えていて、恙無く赤ちゃんの生理を受け入れて仕事していたのですが、赤ちゃんから大人に戻った本部長は自分が赤ちゃんだったときのことを覚えていません。迷惑をかけた、という意識からバリバリと仕事をこなすと同時に部下にも仕事をさせます。赤ちゃんのときにはあれほど周囲に気を配っていたのに、疲弊している部下の様子にまったく気づきません。そんな本部長に部長が進言し、本部長は部下たちと一緒に写真を見返して自分が赤ちゃんだったとき、自分が周囲からどれだけ愛されていたかを思い知ります。
そんな中、娘の一言「ママ再婚するって」でまた赤子に戻ると同時にすべての記憶を取り戻した赤ちゃん本部長。また部下たちとの密で愛情あふれる日々は続きそうです。でも物語はオシマイ。赤ちゃんは、中身がおじさんでもやっぱりかわいくて守るべき存在だよね、というお話でした。