サユリ

『サユリ』は押切蓮介さんの作品です。物語は親子3代、7人家族が一軒家に引っ越して来たところから始まります。おばあちゃんはぼけてますが、家族は仲良しで希望と愛情に満ちています。

お父さんはローンが嫌い。中古の広い家を一括で買いました。

ここから先はネタバレなのでご注意下さい。

サユリ 押切蓮介 幻冬舎コミックス

ところがお父さんは突然心筋梗塞でこの世を去ります。悲しみにくれる家族でしたが、じいちゃんはこれからはお前が家族を背負っていくんだ、と長男の則雄を励まします。しかし、じいちゃんは何かを感じているようです。姉も様子がおかしくなり、弟も怯えています。

じいちゃんも心不全で亡くなってしまいます。弟は突然いなくなります。隣のクラスの女子、住田が心配して訪ねてきますが、住田は恐ろしいものを見てその場にいられなくなります。姉は突然舌を噛み切って庭に駆け出したかと思うと、則雄の目の前で姿を消します。母は心労で首を括り、その体も消えます。

すると、ぼけていたばあちゃんが覚醒します。ばあちゃんはこんなものに負けちゃいけない、自分たちが対抗するためには命を濃くすることだ、といいます。そんなばあちゃんが庭を掘ると、PHSやぬいぐるみ、女性ものの服などと一緒に人骨がでてきます。一緒にでてきた生徒手帳から、亡くなって庭に埋められていたのは九条小百合16歳だとわかります。命を濃くしようと夜食を食べるばあちゃんと則雄の前に恐ろしい形相をした悪霊が現れますが、ばあちゃんは気迫で悪霊を退けます。

ばあちゃんは車でどこかに出かけます。独り残された則雄を霊が襲います。住田がそこに駆けつけますが、住田も霊に負け、彼女の姿も消えます。則雄も抵抗しますが、ばあちゃんが帰って来たときにはその姿はありませんでした。

ばあちゃんは3人の家族を拉致してきました。九条小百合の両親と妹です。ばあちゃんは彼らを痛めつけます。九条小百合は荒れていた少女で、暴れていたところを思いあまった家族3人の手によって殺されていたのでした。それ以来、小百合はこの家に住もうとする家族にとりついて死なせることで殺された恨みを爆発させていたのでした。

そんな小百合でも、自分の家族が酷い目に合わされているのはたまらず、母の遺体、姉の遺体、弟の遺体をばあちゃんに返してよこします。でもばあちゃんは許さず、九条一家をなぶります。小百合は根を上げて則雄と住田を返します。それでも家族への暴力をやめないばあちゃんに小百合は負け、小さく頼りない姿をさらします。そこに、じいちゃんを始め則雄の亡くなった家族が現れて小百合を引き取り、連れて行きます。

ばあちゃんはお咎めなしとなり、病院に入ります。則雄が独りでも生きてゆけるよう、ばあちゃんは命を濃くするための食事のレシピも残したと病院のベッドで則雄に笑いかけます。

それからしばらく時が経って、住田は引っ越した則雄を訪ねます。九条一家は罪を償うことになり、家は取り壊されることが決まりました。則雄とばあちゃんは寄り添って生活しています。住田は「私も居るよ」と微笑み、則雄と手をつなぎます。

押切さんの作品は『ミスミソウ』が1巻無料になっていたのを読んだのが初めてでした。絵も独特で世界観が出来上がっていて面白かったものの、かなり暗くなりそうな予感にWikipediaをあたってみると、思ったとおり鬱展開が有名な物語のようで、読むのが辛くて読まずにいました。サユリは、表紙と扉はホラーを予感させるものでしたが、試し読みの時点ではミスミソウとはテイストが違っていて、お父さんが亡くなってしまう辛い展開は見えたものの、兄弟の絆が見えて、これなら読めるかも、とチャレンジしてみました。則雄が弟とふたりで、小高い丘の上にある家から夜景を見下ろしながら寝るところとか、すごくワクワクしました。これから姉と弟と3人で頑張っていく話を想像しました。

そしたら、どんどん怖く、悲惨になっていくじゃありませんか。やはりミスミソウを描いた押切さんの作品、希望に満ちた家族の物語なんかじゃないのね…と思いつつも、1巻を読み終えたときには押切ワールドの虜になっていて、続きを読まないなどという選択肢は私の中にはありませんでした。

ところが、2巻になってばあちゃんが覚醒すると、これまた思っていたホラーとはまったく違いました。覚醒したばあちゃんはあくまで賢く強い怒れる人で、霊能者に頼ったり不思議な力を発揮したりするのではなく、生きた人間の強さを見せつけることで霊に対抗するのでした。引っ越してやり過ごすなんてことをばあちゃんはしません。やられたままやり返さないなんて、ばあちゃんのスタイルではないのです。則雄はばあちゃんの励ましと気迫に力をもらって、心の中ではおびえつつも、恐ろしい霊に引き込まれずに生きます。「命を濃くする」というキーワードと、生きる営みとして食事をしっかり摂るばあちゃんの姿は、今までに読んだことのない新鮮なもので、読んでいるだけでパワーをもらいました。

私は幽霊をみたことはないし、死んだらあの世があるというより自分は消滅するのだろうと思っているタイプですが、でも幽霊の存在は否定しません。霊魂がいて、恨みや憎しみから、生きている人間に干渉してきたとしても不思議はないと思ってしまいます。だからホラーは怖くて、読んでしまうのは完全な怖いもの見たさ。一生幽霊や心霊現象とは無縁でいたいものです。

そんな私にとって、あくまで自分の生命力を高めることで霊に対抗するばあちゃんの姿や気迫はとっても頼もしく、どこかホラーを読んでいるというよりもスポ根ものを読んでいるのに近い感覚を持ちました。今読み返すとやっぱりこのお話、相当怖いと思うのですが、最初に読んだときはばあちゃんに感動して、ホラーを読んでいる感覚を少し失ってしまいました。

そして、ばあちゃんは霊に反撃するのです。家族に殺されて怒っていて他人に八つ当たりしてとり殺している霊への反撃は、他ならぬ、彼女を殺した彼女の家族を痛めつける、というかなりとっぴょうしもない手段です。家族を諭して殺した少女に詫びさせて鎮めるとかではなく、ワシの家族を返さないんだったらお前の大切な家族に乱暴して苦しませてやる、なのです。一応、小百合に詫びろとも言ってますが…霊が自分を殺した家族を恨んでいるのではなく、八つ当たりでよその家族を殺していることだけでなく、自分を殺した家族のことは愛していて家族が現世で物理的な痛みに苦しむのは見たくない、という霊の気持ちまで、ばあちゃんはみすかしています。そんな反撃手段、いままでに私が読んだホラーの中では読んだことなかった!…まあ、冷静に考えると私は怖がりで、ホラーはそんなに読んではいないので、これが新しい手法かどうかはわからないのですが。でもとにかく私にとっては斬新で、読んでてばあちゃんの徹底した強さに、とっても感動したのでした。

九条家の人々にとってはとんでもない話です。家族を殺してしまい、償うどころか庭に埋めて素知らぬ顔をして生きていたら、ある日老婆に拉致されて、自分たちの罪と向き合わされ、物理的に痛めつけられ、それでも殺した家族の霊は自分たちを攻撃するどころか、自分たちが苦しんでいる姿を見て苦悶するという…この作品には九条家の人々の心情はまったく描かれてなくて、徹底してばあちゃんの強さが描かれているのですが、九条家が小百合を殺害したときの状況を考え、それでも家族を愛している小百合の心情から察すると、冷酷な人たちではなく、ただ、弱い人たちだったのかな、と思います。

九条家の弱さ、小百合に寄り添うことができず殺してしまった弱さが、その後の小百合の悪霊化を招き、則雄の家族も奪われたことを考えると、ばあちゃんの怒りが九条家に向かうのも当然と思えてくるのですが…やっぱり霊への対抗手段が生きている人間を痛めつけることだっていうのは斬新だなあ。

というわけで、私の中はばあちゃん礼賛でいっぱいになりました。事件の直後には、いまは眠らせてくれ、と、死亡フラグみたいなセリフを言っていたばあちゃんですが、住田が則雄を訪ねてきたときには元気な姿を見せてくれます。則雄がヤングケアラーになるのではなくてしばらくはばあちゃんと幸せに元気いっぱいに生きて欲しいと願いつつ、清々しい気持ちで読み終えました。

…でも、このブログを書くにあたって読み返したらやっぱり清々しいというよりは怖かったです。

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