『GOTH』は原作 乙一さん、漫画 大岩ケンヂさんの作品です。同級生の、どちらかというと影の薄い美少女森野の死ぬ姿を見たいと望む主人公のお話です。
彼は友人たちと適当に話を合わせ恙なく高校生活を送っていますが、どこか他の少年たちとは違うものを見ています。
ここから先はネタバレなのでご注意下さい。
作品は4つの短編で構成されています。最初の話では手首を切って持ち去るという猟奇事件がおきています。主人公は森野の手首を切り取るイメージを持ち、ゾクゾクします。ひょんなことから化学教師が犯人だと知った主人公は教師に森野を襲わせますが、森野は以外にも毅然として教師を退けます。
最後の話では、森野が森野夜ではなく、子供のときに亡くなったと思われていたが双子の妹のほう、森野夕であることを見抜きます。夜は支配的、夕は従属的な関係ができていました。二人は首吊り自殺ごっこをして遊ぶのが好きだったのですが、事故で夜の首が締まり、夕は見捨てたうえで、自分が夜として生きることを選んだのでした。夕は、自分の名前を最初に呼ぶのはあなただと思ってた、と言い、主人公は夕に、死にたくなったら殺してあげるよ、と言い、森野が涙を流して物語は終わります。
乙一さんの作品は『死にぞこないの青』漫画 山本小鉄子さんで初めて読みました。このお話、絵もよかったのですが、もっと乙一さんの作品を読みたいと思わせてくれる素晴らしいお話で、その流れでGOTHに出会い、読みました。いつかここで『死にぞこないの青』の感想も書くかもしれません。
巻末の乙一さんによる解説をよんでもgothの意味はやっぱりよくわからないのですが、黒っぽくてシルバーのドクロとか十字架とか(そのふたつは全然違いますが)ゴツゴツしたものを身に着けている人やそのファッション、そこからくる世界観、ライフスタイルを表すようです。Gothって何だろう?と思いつつ表紙をめくると、表紙のごっついナイフに反して繊細な絵が現れるギャップも魅力のひとつです。
上で、森野のことを影が薄い、と書きましたが、実際は森野は快活で楽観的で行動力があります。でもそれはただの快活ではなく、彼女はやっぱりただものではありません。第2話では凄惨な死体遺棄現場を目撃しながら、怯えるのではなく、敢えて被害者に似せたコスプレをして街をうろつきます。案の定犯人に捕まってしまいます。彼女が命を落とさなかったのはひとえに主人公のするどい推理とうまい立ち振る舞いのおかげで、森野の行動だけ考えたらここで命を落としても仕方ないのでした。でも、森野にはそれほどの切迫感はありません。無邪気に主人公と話しているように見えます。その態度には支配的に振る舞いがちな様子も垣間見えます。
死に魅入られるのは、主人公と森野の共通の傾向です。物語の中で死に魅入られているのはその二人だけではありません。
3つめのお話は、箱に入れて土中に埋められてしまう、地上とつなぐ管を通じて、殺人犯が「ここから水を注げばあなたは死ぬ」と、被害者に話しかけるいうおそろしいお話でしたが、森野が土中にいると思わせて実際は別の少女だったというミスリードがされています。
森野に自殺願望はありませんが、死に魅入られるはっきりした理由があります。首を吊っている双子の姉の体を支える手から力が抜けたその瞬間から、そして自分の足跡に気づいて自分を「殺す」決意をしたときから、森野夕の心にははっきりと、深く、死が刻み込まれたはずです。主人公と話すとき、どこか自信ありげな高圧的な態度に見えていた、しかもそれがどこか上滑りしているように見えるところがあったのは、姉の夜の性格をどこかでなぞっていたのでしょうか。もうそれは姉の真似ではなく、森野の性格になってはいると思いますが。
主人公が死に魅入られている背景は私には不明ですが、主人公は妹がいて、学校でも、おそらく家でも、心の底を見せることなく上手に上辺を取り繕って、いいおにいちゃんとか息子とか、平凡だけれとも誰とでも上手くやっている少年を演じているのではないでしょうか。4つめのお話で人を死に至らしめるという経験をし、死に傾倒する気持ちは、ただあこがれていたときとはまた違った、確固たるものになったと思います。
でも主人公は積極的に森野を殺そうとはしません。積極的に人を殺す必要は主人公にはなく、最初から化学教師を利用して森野の命を落とさせ、手を切り取ろうと思ったりしていたのですが、実際に人を殺したことで、彼の思いはまた変化を遂げたはずです。森野を「殺してあげるよ」という言葉には、余裕のようなものも感じさせます。
最後の森野の涙は何でしょう?幼少の頃、姉と自分を「殺した」ことを初めてあばかれたことへの安心?怖れ?また死にたくなったら殺してもらえるという安心?姉への追悼?そこに、同様に死に魅入られている同級生に対する複雑な想いも入っている?二人は恋愛感情で結ばれているようには私には見えず、そのことは私にとってこの物語をより魅力的に見せていますが、読む人によっては恋愛感情も浮かび上がってくるのでしょうか?森野が夜ではなく、夕であることを見抜いたり、死にたくなったら殺してあげる、というのは愛の形なのでしょうか?その愛も感じて森野は泣いているのでしょうか?ある種、愛かもしれません。でも私は、それが恋愛ではなく、死に魅入られた者同士の絆のようなもので、恋愛ではないと見たいのです。
繊細な絵ですが、お話は骨太です。そのギャップももちろん魅力ですが、繊細な絵に見合った、主人公と森野の、死に魅入られた繊細な性格も物語の要です。二人の死に魅入られた姿、それがgothなのかな?と、感想をまとめているうちに、私の頭の中でもだんだんまとまってきました。
これから先の森野と主人公の人生をいろいろ夢想するのも楽しいお話でした。