冥婚の契

『冥婚の契』は詩原ヒロさんの作品です。教師の小沼正一(まさかず)は地方の学校に赴任します。生徒が案内してくれえる、街の唯一の観光地は寺です。

神社には冥婚絵馬が飾られています。独身で亡くなったひとを供養するために架空の人物との婚礼姿を絵に描いて奉納したものです。

ここから先はネタバレなのでご注意下さい。

冥婚の契 詩原ヒロ マンガボックス

小沼は昔から女性とはうまくいかず、ここに赴任した理由も痴漢をはたらいたせいで、家族にも勘当されています。もちろんそれも冤罪です。小沼は若干自暴自棄な気持ちを抱えつつ、田舎での教師生活に順応しようともがきます。

一方、住職とその息子は戦慄しています。奉じられた絵馬のなかに亡くなった最上美鈴と小沼正一(ショウイチ)のものがあったからです。ショウイチは小沼にそっくりです。住職は祈祷の力で絵馬を封じようとしますがうまくいきません。

小沼の同僚、愛理は地元の名士、最上家の当主です。上様と呼ばれ、街の人々のうえに一見君臨しているようですが、最上家には女性が長生きできないという呪いがかかっています。愛理は呪いを跳ね返すために美鈴と手を組んでいます。美鈴がのぞむ小沼正一との結婚をはたさせてやろうというのです。そんな愛理を持ち上げながらも街の重要人物たちは愛理の裏をかいて最上の財産を手に入れようと画策しています。

小沼の周辺には白無垢の幽霊が現れて、小沼は恐怖します。サエカという女性お現れ、いますぐ出ていけと言います。サエカは白無垢に連れていかれそうになる小沼を守るなど、小沼を想った行動を取り、小沼は不審に思いながらもだんだんにサエカに心を許し始めます。

小沼は自分と同じ「小沼正一」が絵馬に描かれていることを知ります。白無垢の幽霊が自分を連れていこうとしていると小沼は確信します。小沼は藁にもすがる気持ちで絵師を訪ねます。ショウイチは実在した人物。美鈴が慕っていた男でした。美鈴はショウイチを愛していましたが、ショウイチには召集令状がきて二人は結ばれませんでした。

子供のころ美鈴をねえちゃんと呼んでいた絵師は老婆となった今、サエカとも通じています。小沼の相談に絵師は自分が絵馬の美鈴の顔を別人に描けばあるいは呪いが解けるかもしれない、といいます。しかし、絵師は最上の財産を狙う男たちに殺害されてしまいます。小沼は愛理によって美鈴との冥婚へと導かれます。

最上の財産を狙って愛理を訪ねてきた校長に愛理は切りつけます。愛理はそれをいとこの誠に見られてしまいます。誠は愛理に霊がとりついているせいでそうなったと、愛理ごと取り憑いている美鈴を否定します。誠に拒絶された愛理はショックをうけます。その瞬間、すべての均衡が崩れます。愛理が制御していた美鈴が開放され、美鈴は最上家を狙っていた人々を次々に殺します。校長は息を吹き返し誠に切りつけますが、愛理が誠をかばって自分が切られます。

冥婚の席にいた小沼の前にはショウイチが現れます。ショウイチは美鈴を愛していないのに彼女に対して中途半端な態度をとっていたことを悔いる言葉を小沼に語りかけます。ショウイチが消え美鈴の前に戻った小沼がそのことを美鈴に伝えると、崩れかけた姿だった美鈴は普通の姿に戻り、ショウイチの気持ちは知っていたと笑います。サエカも現れます。美鈴とサエカは同一人物でした。美鈴とサエカは同化して二人とも消えてゆきます。

美鈴の幽霊に殺された人々は自殺とみなされ、愛理の亡骸と一緒に見つかった美鈴の遺骨は、最上の墓とは別のところに一緒に葬られます。一方小沼の痴漢は冤罪だということが家族にわかり、小沼の勘当は解かれます。小沼は、冥婚絵馬は生者が死者を想っての慣習であると同時に、生者をも助けるものであることを一生忘れない、と心に誓います。

本来ホラーは苦手なのですが、Renta!ではホラー・サスペンス作品をかなり読んでいます。最初の頃衝撃を受けたデスゲームものなどもホラー・サスペンスに分類されていたのと、恋愛ものにあまり食指が動かなかったことから、そのジャンルに分類されているものばかり読んでいたからです。本気で怖そうなものは避けていましたが、だんだん耐性がついてきました。今ではホラー・サスペンスというジャンルがトップにでてくるランキングの分類からなくなってしまったので、検索欄に「ホラー」といれて探しています。

この作品はそうやって巡り合ったもののうちのひとつです。表紙もこわいし、白無垢の幽霊はとてもこわそうだったのですが、最上愛理がかわいかったのとサエカの存在が気になったのと、それ以上に冥婚絵馬というテーマがとても魅力的に思えて読むことにしました。

小沼が勤めるのは田舎の学校ですが、先生は結構多いし、生徒も思ったよりたくさんいそうです。岩渕という不良生徒もいます(不良って死語かな?)。岩渕は小沼のことを臭いといい、いかにも他の生徒とは違います。彼の目には他の人には見えていないものが見えています。そんな岩渕と、真面目そうな誠は意外にも気が合って、よく一緒に焼却炉のところで一緒にいます。

小沼は過去の美鈴とショウイチの生活を体験したあと現代に戻ってショウイチに乗り移られてしまったりします。そんなときも岩渕はいち早くそのことに気づき、誠と一緒に小沼を助けます。人を助けたくなるのは人の本性でしょうか?岩渕は最終的には冥婚絵師の仕事を継いで、若くして亡くなった人とその周囲の人々の心を慰める道を選びます。

小沼はこの街で生活を始めて早々に、美鈴にとりつかれて悲鳴をあげることが多かったこともあって隣人たちから嫌われ、同僚の年上の先生たちからいじめの洗礼を受け、一緒にいた住職が亡くなったり、親しくしていた同僚が事故を起こしたりして、呪われていると噂されて生徒からも忌み嫌われてしまいます。そんなときに声をかけて励ましてくれて、村を離れようとするのを引き留めてくれるのは愛理です。そのため、街の有力者たちと一緒に小沼を追い詰めている黒幕が愛理だと(小沼に、じゃなくて読者である私に)わかった時はショックでした。

しかし、最上の女は呪われていて長生きできません。愛理の母も愛理が高校生の頃自殺してしまいます。その母の遺体の前で自分を手籠めにしようとした父を、愛理は殺しています。有力者たちはそれを知っていて、愛理の迫力に押されて愛理を当主にすることを認め愛理を上様として奉っていますが、決して愛理を恐れているだけではなく、スキを狙って最上の財産を自分のものにしようとしています。個性溢れる悪役たちのキャラクターたちもこの作品の魅力のひとつです。愛理が上様として畏れられているわけではないことが、物語を立体的にしています。

冥婚ののろいから逃げたい小沼、最上の呪いから抜け出し街も出て誠と一緒になりたくそのためにどうしても美鈴と小沼を冥婚させ美鈴を成仏させたい愛理、最上の呪いを解いて愛理を幸せにしたい誠、愛理を亡き者にして最上の財産を手に入れたい男たち、この世のものならざるものたちを見たくない岩渕。そして、想い人ショウイチと結婚を果たしたい美鈴、ショウイチの気持ちが自分の上にないことをわかっていて、冥婚絵馬の呪縛に小沼をまきこむまいとするサエカ。彼らの想いが入り混じって、単に冥婚絵馬によって死者に魅入られた小沼の話だけではない複雑な物語になっていました。

ずっと白無垢に朽ちかけの無惨な死体として描かれている美鈴も不憫ですが、ショウイチに真っ直ぐな気持ちを持ちながら、小沼を助けて生きながらえさせようとするサエカの献身は本当にいじらしく、かわいそうです。表紙を見ていると美鈴は怖いとしか思えないのですが、美鈴が愛する男と結婚したいと願う本能と、ショウイチに女性として愛されてはいなかったことも認め、同化しているとはいえ別人である小沼を巻き込んではいけないとわかっていて小沼を助けるサエカに分裂していることは、涙を誘います。絵師の卵である少女を籠絡して小沼正一と自分の冥婚絵馬を書かせて禁忌に触れる美鈴も、サエカとして小沼を助ける美鈴もともに、美鈴なのだと思います。

白無垢の美鈴はずっと恐ろしかったのですが、ショウイチが自分を愛していなかったことを受け入れて、笑顔を取り戻してサエカと同化して成仏したときにはほっとしました。

最後の「冥婚絵馬は生きている人のためのものでもある」というラストは、読んだときにはしっくりきたのですが、改めて考えてみるとやや唐突な気がします。小沼への痴漢冤罪が家族にわかって、今小沼が幸せに暮らしていることは絵馬とは無関係だし、愛理は愛する男を守るために死んでしまうので。それとも小沼は愛理のことを考えていたのでしょうか。自殺ではなく誠を守るために死んだことで愛理は呪いを跳ね返した、そのことを。

いずれにしても、冥婚絵馬が亡くなった人よりも生きている人を慰めるものだというのは、今回の小沼の身に起きたできごとに関わらずジェネラルにそのとおりだと思うし、亡くなる人も多い凄惨な物語でしたが、優しさのある後味のいいラストだと感じました。

にほんブログ村 漫画ブログ 漫画感想へ
にほんブログ村

PVアクセスランキング にほんブログ村


漫画・コミックランキング


レビューランキング

冥婚の契(1)

冥婚の契(1)

冥婚の契(1)

[著]詩原ヒロ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です