毛皮を着た猫

『毛皮を着た猫』は小野双葉さんの作品です。毛皮を着た猫?猫は必ず毛皮をきているよね?と思いますが、読むとなるほど、と思います。

主人公は片眼の老婆。クライム童話という分厚い本を持ち、哀しい女の匂いを頼りに旅をしています。

ここから先はネタバレなのでご注意下さい。

毛皮を着た猫 小野双葉 ぶんか社

老婆の名前はマザー。街の中の哀しい女を見つけると童話を読ませます。童話はたわいないものですが、読み手の心にささやかな変化を生み、それが彼女を幸せへと導くきっかけとなります。

このような旅をしているのは彼女だけではなく、仲間と時々出会ったりしながらマザーは旅を続けます。

表題作では、非の打ち所のない上品な家庭の母親がマザーの目指す相手です。マザーも自分の鼻がおかしくなったのでは、と疑いますが、彼女の息子はレイプ犯として捕まります。冤罪ではありません。息子は家族、特に母親には会いたくないといいます。双子の妹たちは無関心で、父親は「お前の子供だ。儂は関係ない」と言い放ちます。

そんな母親にマザーが見せたのが、毛皮を着た猫の童話です。ふさふさの毛皮が自慢の猫は、極寒の冬でも家に入れてくれる人間を見つけられません。他のみすぼらしい猫たちが人間の同情を買って家に入れてもらえる中、それだけ立派な毛並みなら寒くなかろう、と言われてしまったのです。しかし、彼女の毛は偽物。痩せこけたみすぼらしい体のうえに毛皮を着込んでいたのでした。極寒の中でも見栄えにこだわって毛皮を脱がなかった彼女は死んでしまいます。

母親は、自分が「幸せ」という形にこだわっていたことに気づきます。いま毛皮を脱がなかったら大切なものを失うことになる。母が父と離婚したことを知った息子は接見に応じます。正しくないことをした自分でも母は愛してくれることを彼は知り、妹たちも本当は兄を愛しているといいます。彼女は現実を見て愛のない結婚に終止符をうち、子供たちを本当に愛することを思い出したのです。

そんなマザーが旅をしている理由は最終話でわかります。彼女もまた、息子との関係を築けずに息子を失い、失踪した息子に再び会うために哀しい女たちを助けて歩いているのでした。彼女の旅はまだちょっと続きそうです。

このお話で一番気になるのは、童話のタイトルが「クライム童話」だということ。クライムって、犯罪、という意味ですよね?スペルもちゃんとでてくるので、小野さんは意図的にそのタイトルをつけたのだと思います。癒やしをもたらす童話の総称が犯罪とはこやいかに?

童話のテイストはお話によって違います。毛皮を着た猫の場合はわかりやすい比喩ですが、いつもわかりやすいとは限りません。何かで人を癒やし、それによって自分も功徳を積むというのは、お話の形式としてはそれほど斬新なわけではありませんが、画力のせいか、とても印象に残るお話です。読み始めたらとまらなくなってどんどん読んでしまいます。

小野さんの絵柄は目に特徴があります。作品によっては出目金に見えるときもありますが、私にとってはとても魅力的な絵柄です。この作品でもその魅力はかわりません。一番魅力的なのはもちろんマザーです。顔にシワを描いて老人ではなく、ちゃんとたるんだ皮膚や脂肪の様子が描かれていて、でもキュートでお茶目な目に釘付けになります。長く辛い旅を続けているわりに姿勢はすごくいいのですが。マザーは時々ぶりっ子な態度をとりますが、そんなところも魅力です。

予想ではマザーは妖精のような存在で、一定数の人間の哀しい女を癒やすと昇華してお星さまとか天使とか、何か妖精よりもひとつ上の身分のものになり、もうあくせくと足で歩いて長い旅をする必要がなくなるのだ、と思っていました。妖精の羽を失ってこうやって旅をしているのは、人間の理とは違う妖精としての罪を背負っているのだと。

意外にもマザーの罪は人間としてのものでした。子供を産む前に夫に去られ、泣いたあまり左目が腐って落ちてしまい、その左目にダイヤモンドの義眼を入れて、自分を愛することだけに夢中になり、生まれた子供をネグレクトしていました。子供は17歳になったとき、マザーの義眼を奪い取って家を飛び出しました。後悔し悲しむマザーを神が訪れ、童話を授けてくれたのでした。マザーの風貌を見ると、それから少なくとも30年は経っているでしょう。おそらくはもっとかかっていると思います。去った息子も歳をとったはずですが、もしかしたら息子は17歳のまま満たされない心を抱えて彷徨っているのかもしれません。

マザーが、まさにマザーとして息子に出会い、お互いに失った愛を取り戻せる日を願ってしまうお話でした。

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