すばらしきかな人生 −ふたたび友郎−

『すばらしきかな人生 ーふたたび友郎ー』は原作 北原雅紀さん、作画 若狭星さんの作品です。表紙の、眉尻と目尻の下がったしぶいバーテンダー、坂巻友郎の姿が印象的です。

友郎は、バー ボレロのバーテンダー。ボレロはそこそこ広さがあり、よい酒を集めた店です。落ち着いた雰囲気が魅力の静かな店です。しかし、客が3人以上いるのは見たことがありません。

ここから先はネタバレなのでご注意下さい。

すばらしきかな人生ーふたたび友郎ー 原作 北原雅紀 作画 若狭星 小学館

ボレロは悩みを持つ人の前にふと現れます。友郎は聞き上手で、客の悩みを聞き出します。そして過去に戻れるなら、寿命10年と引き換えにあなたの好きな日に戻します、と言います。半信半疑で差し出されるワインのボトルに日付を書き込むと実際、その日に戻って、前の記憶を持ったまま過去をやり直すことができるのです。過去へは3回戻れます。

仕事で大失敗したサラリーマン、冤罪で人を死刑にしてしまった裁判官、姪が被曝遺伝への怖れを理由に結婚しないと決めたことに心を痛めて自分の母が戦時下のヒロシマに行くのを止めようとする男、恩師の研究と命を守ろうと過去に戻る女性研究者、将来戦争を巻き起こす独裁政治家を倒そうとする政治家など、様々な人間が友郎のもとを訪れます。

タイムパラドックスについては触れず、人々は戻った時代で後悔していたことを覆すような行動をし、それによって周囲の出来事などもかわります。変わった人生で問題が生じて、あるいは思った効果が得られずに過去を戻ることを繰り返すことがほとんどです。

過去に戻ってやり直し、歴史がかわることによって、人間の愚かさ、切なさ、真心などを炙り出すお話です。

私は静かめのバーが好きです。雰囲気やお酒の並んだ空間も好きですが、何よりもお酒の味そのものと、こういう感じのものが飲みたいと相談するときっちりそれに応えるお酒を出してくれるバーテンダーさんが好きです。私はお酒を好きな割にひどく弱いので、ときにはバーテンダーさんとの会話を覚えていないことも。

コロナ禍前に私がよく行っていたのは町田のバーでした。昔は銀座の何軒かの老舗バーによく行っていました。飲んでいる最中にふらっと寄って強いお酒を1杯だけ飲んでまた別の店に行く、という飲み方をするような粋なスタンドバーで、無粋にも長っ尻して目が覚めるようなおいしいカクテルを何杯かいただいていたこともあります。

この作品を読んだのは、お酒の並んだ写真と、いかにもバーテンダーらしいバーテンダーの絵に惹きつけられたからです。ある少女マンガでは、マスターから成り行きで譲られた店でいろんな人に触れながらささやかに成長していく若い男性のバーテンダーがいましたが、そのマンガを読んだ私の感想は「お話はおもしろいけどお酒がかわいそう」でした。やっぱり好きなものには思い入れがあるので、バーテンダーがでてきてお酒を粗末にするお話は嫌です。

友郎の店は置いてあるお酒にもこだわっています。この店は過去に戻りたい人の前にしか現れないし、どの時代にいっても友郎は変わらない姿で迎えてくれるので、おそらくお酒の種類も時代時代によって変わるものと思われます。最終的には、友郎は客が酔いつぶれる前に話を聞き出し、最終的には客が戻りたい年の良いワインを差し出して客とグラスを合わせます。

以前、契約ものは少女漫画でしか読んだことない、と書いてしまいましたが、そんなことないですね。この物語も、過去に戻るのと引き換えで10年分の寿命が代償となります。3回戻ってしまえば30年寿命が縮まり、寿命があっても戦渦や事故にまきこまれれば人は死んでしまいます。それによって友郎が何を得ているのかは不明ですが、友郎は人を陥れたり、より不幸にするためにそうしているのではなく、幸せな結果を望んで、人々に手を貸しているように見えます。

人間は弱いものなので、やり直した人生でも上手く行かなかったり、満足できなかったりします。山本まゆりさんの『リセット』シリーズでは、人が過去に戻れるのは2回、任意の過去と、最初に過去に戻ることを望んだときですが、友郎はそのような制約なく3回戻してくれます。その3回で人々はそれぞれ自分の人生に折り合いをつけて生きていきます。3回めを選ばなかったり選べなかった人物もいて、お話に深みを与えています。

こういうお話を読むと当然考えるのは、自分は過去に戻るとしたらいつに戻りたいかというテーマです。私の場合、答えは「戻りたい時期はない」です。家族が全員健在なことが大きいと思いますが、まずまず幸せな人生を歩んでこれたのかな、と思います。たしかに、中学生に戻って学校の勉強をちゃんとしたい、というのはありますが…私が勉強することを楽しいと思ったのは大学時代だったので、中学高校でもうちょっと真面目に授業を受けて受験勉強もしっかりやっておけばもっと人生が豊かになったのに、と思うからです。あとは、今の意識を持ちながら若い頃の両親に会ってみたいかな。だからといってこの数十年をやり直したいほどの動機はありません。

この物語にでてくる人々は、今の人生を変えたいという強烈な意志のあるひとばかりです。まあ、そういう人の前にしかボレロは現れないのですが。一番印象に残ったのはヒロシマの話と政治の話です。たまたまですが、どちらも、一人が過去に遡るだけでは足りなくて二人の人間が意思を継いで運命を変えます。

政治の話は、二人が意思を貫いたあと、訪ねてくる人物が背広っぽい感じなので、もしや二人が阻止した独裁を蘇らせるために訪れる人が!?と深読みしてしまい、そのとき初めて友郎のことを恐ろしく思いました。

でも、友郎はずっとタイムリープにつきもののタイムパラドックスをあっさりと無視して、依頼者の心に寄り添うための選択を促していたと思うので、過去もこれからもそうだろう、と思います。思いたいです。

誰がどんな選択をしたときもいつも必ずボレロがあって友郎がいたことや、やり直した人生の最後に友郎の姿を見た者がいたことを考えるとやっぱり怖いお話でした。

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