『クリオの男』は木葉功一さんの作品です。モノの記憶にダイブしてジンクスの源を探り出しそれを消す、クリオダイバー、ヤドーの物語です。
最初のお話は、呪われたメルセデス。所有者が必ず対向車線に飛び出して命を失うという車で、そのジンクスを払うためにヤドーが呼ばれます。
ここから先はネタバレなのでご注意下さい。
ヤドーがダイブするとメルセデスベンツのエンジン部分の一部に戦闘機のエンジンの部品が使われていました。パイロットは仲間が撃ち落とされても自分だけ生き延びる恐怖の中にいて精神のバランスを崩し、他の戦闘機に突っ込んで自爆していました。それがジンクスの正体。ヤドーは「お前の死に場はここではない」と話しかけ、パイロットの記憶に寄り添って一緒に自爆し、最期の瞬間、パイロットの体を機外に脱出させます。パイロットは息絶えますが、みんな死ぬのに自分だけ死なない、死にたい、というやるせない気持ちは癒やされます。
戦闘機のエンジンが使われていたことがわかってメルセデスの価値は下がりますが、ヤドーの活躍でジンクスはなくなり、安全なコレクションとして売られていきました。
ヤドー(矢堂一彦)は日本人ですが、グローバルに活躍しています。日本の笛から欧州のバイクまで幅広いモノにダイブします。ヤドーの子供の頃のお話もでてきます。一彦の母もクリオダイバー。父は沖縄の海でダイバーとして命を落としています。日本にいても欧州にいても、クリオダイブしてしまい怯えていた一彦に、亡くなった父の遺体は、なにもクリオダイブしりもののない恐怖を教えます。
また、他のクリオダイバーが戦慄した、アフリカで沢山の獣の命を奪った拳銃へのクリオダイブもします。そこではモノと獣を殺していた者の意識に捕らわれそうになった一彦を相棒が身を挺して救い出します。そのかわり相棒は眠ったまま。
物語のラストでは、一彦が相棒を救うため、もう一度その拳銃にクリオダイブします。九死に一生を得て生還したヤドーが見るのは、相棒の笑顔です。
このお話は、文字と組み合わせた表紙のデザインに惹かれたのと、他の読者の評価が高かったのに興味をひかれて試し読みをタップしてみたのですが、カラーページで戦闘機のうえに立つヤドーと、1930年代に製造されたという真っ赤なメルセデスの美しい絵に一瞬で心を奪われてしまいました。
モノにジンクスがあって、しかもそのジンクスを祓いたい、ということはそのモノにそれだけの価値があって、クリオダイバーにお金を払う人がいるということです。だからヤドーの生業も金持ち相手の商売です。でもヤドーはクリオダイブに命をかけています。拳銃の話のように、モノに取り憑いた人間のナマの感情に負けてしまえばそのまま引き込まれて帰ってこれなくなる可能性はもありますし、曰くのあるモノは最初の戦闘機のようにそれ自体が死と隣り合わせの場所にあって、ヒトの意識に取り込まれなくても命を失う可能性もあるのです。ちょっと人物の表情の硬い絵ですが、それがクリオダイバーの仕事を冷静にこなすヤドーの仕事への取り組みと重なっている気がしてかっこいいです。
私がやっぱりやられちゃったのはエンジンです。クルマって好きなのですが、クルマのエンジンが戦闘機から流用されたという流れも好きです。ライバル社ですが、BMWのロゴもプロペラをイメージしていて、青は空、白は雲ですよね。武器だった技術が平和な世界で利用されているのは嬉しいですし、コンピュータ制御が重要な今の戦闘機とはイメージがちょっと違って、機械的に製造されたエンジンがたまらなく好きです。
あるお話の中でヤドーがアルファロメオを乗り回しているのもめちゃくちゃ気になりました。ちょっとアルファロメオっぽくみえないような気もするのがやや残念。今のモデルではないので旧車の写真をググって見比べてしまいましたが、やっぱりちょっと違うような気がします。でもアルファロメオがでてくるというだけで気持ちがあがっちゃいました。
お話の中のクルマがすごく気になる作品はいくつかありますが、山本英夫さんの『ホムンクルス』のキャロルが一番好きです。キャロル見たさに漫画を読んじゃうくらい好きです。ホムンクルスでは、キャロルのフェンダーミラーを折っちゃうシーンがでてきて、めちゃくちゃ胸が痛みます。先日感想を書いた『すばらしきかな人生ーふたたび友郎ー』ではクラウンが登場人物たちと一緒に海にダイブするのがとってもかわいそうです。『クリオの男』のアルファロメオはちゃんと大切に運転されるのでホッとします。
カメラの絵もカッコよくて素敵でした。このシーンはカメラだけじゃなくて構図が印象的なので、是非絵を見るだけのためにも読んでいただきたい作品です。もちろん、重くて暗いお話も魅力です。
クリオダイブというコンセプトも、メカメカしい絵も、ストーリーに合ったキャラクターたちも、そしてクリオダイブの結果癒やされる心があるということも、とっても素敵な作品でした。