クダンノゴトシ

渡辺潤さんの『クダンノゴトシ』を一気読みしました。コトバンクによると「よって件の如し」とは、「そこで前記記載の通りである」という意味だそうです。ちょっと使ってみたいけどどこで使ったらいいかわからない。

『クダンノゴトシ』は、顔は人間身体は牛、という「クダン(件)」という化け物がでてくる漫画です。「件の如し」という表現も件が正直なところからきているといわれるとWikipediaに書いてありましたが、自分でちゃんと文献を調べたわけではないのであまり知ったかぶりはできません。

物語は男女7人の大学生が伊豆にクルマで卒業旅行するところから始まります。

ここから先はネタバレなのでお気をつけ下さい。

クダンノゴトシ 著:渡辺潤 講談社

この仲間が伊豆をドライブ中、妙な山道に入り込んでしまった先で轢いてしまったのがクダン。地味系の男性の顔と大きな牛の身体で一気に興味をひかれます。1巻の表紙がこのクダンの絵なのですが、私はこの顔が何故かすごく気に入りました。物語が進むと、クダンは直前に亡くなった人の顔を持って現れ、最初にでてきたクダンも登場人物の亡くなったお父さんだったことがわかります。そうなのかー。最初のはクダンのスタンダードな顔かと思っちゃったよ。

このお話、第1話を書いたときほんとにこういう展開にするつもりだった?と作者さんに聞きたくなってしまいます。最初はひとりずつ死んでいく話だったのですが、私は4巻あたりからいきなり主人公、辻元光の特異性に焦点があって、話も壮大になってきた印象を持ちました。辻元光は大きな災厄が起こる前に必ず現れるとか、とってつけたような。クダンの呪いはー?でも、本当は私の読み取りが浅いのかもしれません。

その後もうひとりの光が現れたりドロドロ溶けたり渋谷でストリーキングしたりして、光が「人間のダメさは何度もみてきたじゃん」と思ったりしますが、最終的には愛の力で地球を救った後、光は姿を消します。

そしてすっかり光を忘れ去ったものの、何か心にひっかかってる千鶴(光の彼女)の目の前のに現れたのは、バーテンダーの辻元光くん。それが、ラスト。

光はまたこの世に現れていいの?息もつせかないペースでまた災厄がおきるの?それとも頑張った光と千鶴へのご褒美でふたりで幸せになるの?っていうかクダンは何だったの?他にもいろいろ思わせぶりあったような気がするんだけど、愛があればどんな災厄も回避できるのサ、が「クダンノゴトシ」と思えばいいのかな?

結論をいうと、姿を変えていく物語の全体像を掴みたい一心でタップを続けてめでたく最後まで楽しみました。スルー力は結構駆使しちゃったけれども。クダンも、クダンの逆バージョンの牛男も印象的だったし、ドロドロもインパクトあったし。せっかく読むのだからあまり整合性は気にせずに雰囲気を楽しもう、という気持ちで気楽に読むのがいいと思います。

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