女の子が死ぬ話

『女の子が死ぬ話』は柳本光晴さんの作品です。タイトル通り、女の子が死にます。最初のシーンは女の子が医師に告知されるところです。

高校生になった千穂は、初登校の日、和哉と遥に出会います。口の悪い遥ですが、同じクラスになった3人は急速に仲良くなります。

ここから先はネタバレなのでご注意下さい。

女の子が死ぬ話 柳本光晴 講談社

遥は絵に描いたような色白の美少女。髪は真っ白で、体が弱いです。千穂は色黒で、中学生のときは陸上をやっていましたが、高校では恋をはじめ部活ではないいろんなことにチャレンジしようと張り切っています。和哉は遥の幼なじみ。明るい千穂とキツめの性格の遥、温厚な和哉はクラスにも溶け込んで楽しく学生生活を送っています。

夏のちょっと前、3人は海に行きます。待ち合わせ場所にたまたま和哉と遥の中学時代の同級生が現れて、遥に心ない言葉を浴びせます。千穂がその子を張り飛ばし、さらに首元を掴むと遥が止め、同級生に「私、酷いことした」と謝ります。中学までの遥は和哉以外には心を閉ざし、いじめられると授業中に後ろから椅子でぼこぼこに殴りつけるような少女だったのでした。

そんな遥が変わって友人を作れるようになったのは、始業式の日、千穂が遥への憧れの言葉を口にしていたのを偶然聞いてしまい、勇気を持って千穂に話しかけ、千穂の素直な性格や優しい同級生たちのおかげで友人を持つ喜びを知ったから。

3人は海を満喫します。和哉は遥に「好きだ」と、何度目かの告白をしますがあっさり流されます。

千穂は和哉への恋心を持ち、これからも3人で楽しい思い出をつくろうと思いますが、この日が3人で会う最後の日となりました。翌日から遥は学校を休み、夏休み明けには退学します。そしてしばらく経つと、担任は遥が他界したことをクラスに伝えます。

千穂は、和哉が遥の死を予期していたことに気づきます。問い詰めると、和哉は無理矢理入院中の遥のもとを訪れていたのです。和哉は痩せて髪も無くなった闘病姿を見ることで遥を傷つけた、遥は誰にも見られたくなかったのに、と悔いますが、千穂は自分も遥に会いたかったと泣きます。

卒業のとき、クラスメイトは遥をなつかしみます。彼女を大切に思っていたのは千穂や和哉だけではなかったことを、千穂はあらためて思います。千穂は地元、和哉は東京と離れ離れになる2人でしたが、和哉は千穂に好きだと伝えます。数年後ふたりは結婚して子供をもうけます。そして家族で遥の墓参りに行くのでした。

ここで話は過去に戻ります。2人に何も告げずに入院した遥。ベッドの上で死ぬ日を待つだけの生活になります。和哉が訪ねて来たときは、ここで和哉の想いに応えると和哉は一生自分に縛られると気遣い「見られたくなかった」「二度と来ないで」と突き放します。そんな遥が夢にみるのは、奇跡的に回復して和哉と子供をつくり陽の下を家族で歩く自分の姿でした。

私が高校生の頃、通学のときに時々見かけるアルビノの少女がいました。髪は白というよりはあわい黄色で、眉毛や睫毛も黄色、肌も真っ白というか淡いピンクでとてもキレイで、まさに人形のようでした。顔がキレイとかカワイイとか言う以前に、肌の色の美しさだけでキレイに見えました。まだ茶髪や金髪がめずらしい時代だったので、御本人は他人との違いがいやだったかもしれませんが、傍目には美しくて、人と違うことが羨ましく思えたものです。遥は髪の色より先に顔の造作が整っていることに千穂が心を奪われるほどなので、人に見惚れられることに慣れている、というのはわかります。

遥の髪が白い理由や病気の内容は作中明かされていませんが、遥は小さいときから長く生きられないと宣告されていたといいます。実際、冒頭、高校に入る直前に余命半年と本人が医師に宣告されています。最初から読者は遥が死ぬことを知って、この物語を読んでいます。

千穂が将来の話をしても遥は何気ない素振りでやり過ごします。読者は遥が死ぬことを知っているのでやるせなくなります。和哉の気持ちや、和哉への千穂と遥の気持ちも美しいものとして描かれています。嫉妬や怒りなどのネガティブな感情は基本、でてきません。このお話には強烈なシーンはありません

結婚して幸せな千穂が和哉に「遥のこと今も好き?」と聞いてしまい、和哉がそれに答えず「千穂の事愛してるよ」とだけ言うやりとりがあって、千穂の幸せな顔と、千穂に似た子供を見たあとで、死の床の遥が和哉と自分の幸せな将来の夢をみるところをみせられるので、なんともいえない気持ちになります。

千穂と和哉に幸せでいて欲しいけど、遥への気持ちは一生2人の間に微妙な影と、夫婦であるという以外の絆を残すこと、そして遥の夢はかなえられなかったことを思うと…つらい。

『女の子が死ぬ話』というタイトルは衝撃的で、この物語を読んだらきっとじわっと泣いてしまうだろうことがわかっていて、それでも読んで、予想どおり哀しい気持ちを持て余す自分はいったい何なんだろう、と自問自答してしまいます。

遥の最後の海への日帰り旅行。昔傷つけあった同級生と和解する気持ちとチャンスを千穂からもらったこと。千穂が手に入れた幸せは遥が病床で夢にみたものだったこと。遥が生きていたら、おそらく遥は和哉の気持ちに応え、千穂は失恋していたであろうこと。人が死ぬことは、たとえ死ぬことがわかっている状態で読んでもやっぱり強い衝撃をうけるものなのだと、改めてわかりました。

作者表記の柳本さんはどんな気持ちでこのタイトルをつけたのだろう、としばし考え込んでしまいました。女の子が死ぬ、と宣言した上で女の子が死ぬ話を描いた柳本さんが表現したかった世界は何なんだろう?幸せになった千穂と、幸せを望んだ遥を描いて読者に考えさせたかったことは何なんだろう?

柳本さんの作品は、他にも短編集を読んでとても気に入ったのですが、『響〜小説家になる方法〜』の1巻を読んだ時は打ちのめされました。端的にいうと、響は、主人公の性格が私の好みではなかったので合わなかったのですが、でも、自分の殻に閉じこもりがちで、暴力的で攻撃的で見境のない性格は、中学生時代の遥と同じような気がします。響は全13巻もあるので、1巻だけ読んで感想をいうのはためらわれますが、千穂に出会わなかったら、そして若すぎる身で自分の死を受け入れなければならないという運命を背負っていなければ、柳本さんの中で遥は響みたいになっていた?柳本さんはそういう少女が好き?何故?響も遥も絶対的に寄り添ってくれる幼なじみがいるところも一緒だし…そういう少女が体現している、柳本さんが表現したい世界っていったいどんなもの?

人はいつか死にます。健康診断で、ほぼほぼA判定しかもらったことのない私だって、明日交通事故で死ぬかもしれません。死と隣り合わせに生きて、人生の早いうちに死を受け入れなければならなかった遥と自分を一緒にするわけにはいかないのですが、でも、このタイトルがついている以上、読み手も自分が必ず死ぬということを見つめずにはいられません。

死の恐怖の中で、人の記憶に残る自分のことを考え、それが楽しいものであって欲しいと願い、愛する人には自分が隣にいないその人の将来のことを考えて自分が敢えて悪者になって突き放してみせる女の子、遥と、天才であるが故に人を人とも思わず必要以上に暴力的で支配的に振る舞う女子、響の、ねっこがおんなじ?いや、全然違う作品の主人公たちに共通点を無理矢理見つけ出そうとする私がおかしい?

柳本さんという作家さんが抱える世界をもっと追求して、私の中に「柳本ワールド」を定義づけたい気持ちです。新しいお話に期待です。

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[著]柳本光晴

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