著者 吉田了さん、原作 ナツさんの『傍観者の恋』は、愛する男性に寄り添うために偽装結婚する、レイチェルのお話です。
14歳のレイチェル・メイスフィールドは、引っ越してきた街で、隣家に住むハーシェル家の子供たち、レイモンド、オースティン、アリシア、ノアに出会います。末っ子のノアは例ジェルの2歳年下。4人のきょうだいはとても美しく、レイチェルと家族は気おされます。
実は、アリシアを紹介されたのは、ノアたちと顔をあわせた日からかなり後になってのことでした。アリシアは小さい時から病弱で、外には出られず、ほとんどベッドの上で過ごしていたからです。
レイチェルがノアの気持ちに気づいたのは、レイチェル17歳、ノア15歳の秋。気づいたのは、レイチェルがノアに心を寄せていたからこそでした。
ここから先は完全にネタバレしていますので、ご注意ください。

ノアは、実の姉であるアリシアに、致命的に恋をしていました。かなり注意深く隠していたのですが、ノアを見つめていたレイチェルには、その恋心を隠すことはできませんでした。
一方、レイチェルは、ノアを愛するように深く愛しているひとがいました。それが、アリシアです。「あなたの気持ちに気づいている。アリシアは私にとっても大切な人。私と結婚することで、最期までアリシアのそばにいられるわ」(これは説明のための文章で、こういうセリフはありません、念のため)。レイチェルの申し出をノアは受け入れ、レイチェルが20歳になったとき、ふたりは結婚します。
読者には、ノアがレイチェルのことも愛し始めていることは、読み始めればすぐわかります。バレバレです。レイチェルの父がレイチェルの結婚相手を準備したときにノアが激しく嫉妬するエピソードもあり、結婚したときにはしっかりちゃんと相思相愛です。でも、レイチェルも、ノアも、気づいていません。ノアも、レイチェルが自分に恋をしているとは思っておらず、アリシアと姉妹になるだけのために自分と結婚したのだと勘違いしています。ふたりは無事結婚して、3人で別の土地に移住して、そしてひたすらアリシアを幸せにするための生活を送ります。使用人との関係も非常に良好です。ハーシェル家やメイスフィールド家の人々も3人の様子をみにきます。兄のオースティンは遊び人ですが、どうやら早い時点からノアとレイチェルの両方の気持ちに気づいています。皮肉屋で、ことあるごとにふたりをからかうオースティンですが、アリシアに対してだけはひたすら優しい兄です。
しかし、アリシアはついにその短い生涯を終えてしまいます。ノアとレイチェルは、アリシアの喪失に深く傷つきながらも、お互いを「思いやって」別れを決意します。しかし、周囲の人々は、ふたりが、それぞれを深く思っているにもかかわらず、お互いをきちんと見ていないことに気づいています。先に相手の気持ちに気づくのはノアです。ノアは、自分がレイチェルを深く愛していることにはかなり前から気づいていましたが、レイチェルを思いやるあまり、レイチェルも自分を愛していることにはまったく気づいていませんでした。しかし、オースティンや、使用人たちをはじめとする周囲の人々の示唆により、ようやくレイチェルの気持ちを理解します。
レイチェルが「最後の晩餐」だと思っていた席で、ノアはレイチェルにあらためてプロポーズします。ふたりは幸せに泣き崩れ、それからは、まるでいままでの時間を取り戻すかのように、いちゃいちゃとして過ごすのでした。

恋愛漫画も大好きなのですが、最近あんまり読んでないです。こころの行き違いでうじうじするときに、共感できなくてがっかりしてしまうことがあるからです。もちろん、読んではいます!金田蓮十郎さんの『ライアー・ライアー』、すごく楽しんで読みました。唯一「でもこの弟くん、恋をしている相手じゃなかったらすっごくつまんない男じゃね?」は気になりました。まあ、恋ってそんなものかな。しかも、一緒に育ってるから、価値観は似ているところがあるかもしれません。漫画 瞳ちごさん、原案 ひなたさんの『隣の席の、五十嵐くん。』や、加納梨衣さんの『カノジョは今日もかたづかない』も好きです。あとは、とおるさんの『女装してめんどくさいことになってるネクラとヤンキーの両片想い』とか、ムラタコウジさんの『高嶺のハナさん』とか、恋愛をモチーフにしたコメディも大好きです。でもなんか、「あなたを愛しているというこの気持ちは、あなたの幸せのために隠し通さなくては」みたいなのは、なぜかあまり食指が動かないのでした。自己犠牲ってそんなに好きではないので。
ただ、このお話はなぜか「ちょっと読んでみようかな」という気持ちなりました。表紙の、結婚式なのに能面のような顔をしたふたりは、まさに「あなたを愛してxxx」タイプの好きじゃない系に思えたにもかかわらず、そして、ページを開けて「ニパー」っとした登場人物たちの明るい笑顔にもあまり深みを感じなかったにもかかわらず、もう、本当に自分でもわからないのですが、なにか魅力を感じて読んでみようとおもったのです。
そして、その判断が間違っていなかったことは、20ページも読まないうちに確信していました。
何が、というのは自分でもよくわからないのですけれど、この作品では、誰もが素直で愛情に溢れているのです。引っ越し先の職場で、ノアは経営者の娘に横恋慕されて、レイチェルが意地悪されたりするし、アリシアを失った後のレイチェルが、ノアから別れを切り出しやすくするためにわざと自分の評判を貶めるための恋有働をとったりするのですが、それでも、眉をひそめるひとはいても、心底嫌なひとはいないのです。レイチェルのパパも、何よりもレイチェルの幸せを祈ってくれるし、レイチェルもノアもアリシアも、「自分がこんなに幸せであることは、他のひとの不幸や我慢のうえに成り立っている」とか考えたりはするのですが、なぜかそれが「うじうじしている」とは、まったく見えないのです。
愛情に溢れているひとが、悲しみを乗り越えて、本当に心の底から幸せをかみしめられるお話。悪いひとがひとりもでてこないお話。誰もが相手を尊重するお話。しかも、それが、ちっとも「うすっぺらいお話」なんかにならない、お話。アリシア亡き後、ノアとレイチェルの気持ちが行き違っているときも、読者としては一瞬たりとも「このままふたりは引き裂かれてしまうのか」なんて気をもむことはなく、「さて、ノアとレイチェルはどんな風に相手の真意に気づくのかな?」とわくわくできる恋愛のお話。それが、この作品でした。そして、少女の理想というか、これは「すごく以前に少女だった私の理想」なのかもしれませんが、最後の一歩は、ノア(男性)から踏み出してくれる、というのも、とってもポイントが高いのでした。
おはなしは、基本的にはレイチェルが語り、ノアがプロポーズした後で過去に戻ってノアの視点でレイチェル(とアリシア)への思いがかたられる形式をとります。そして、ノアの視点での描写がプロポーズの時点にまでおいつくと、あとはひたすらイチャイチャします。
でも実は私は、もうひとつ最後に期待していたことがあります。最後にもうひとつ、オースティンの視点の短編があるのかと思ってました。レイチェルが「ノアの、アリシアへの恋情の傍観者に徹しよう」と思ったのが、このタイトルなのですが、私の目には、遊び人でノアとレイチェルを「いじる」のが大好きなオースティンが、実はレイチェルに恋していて、レイチェルの幸せを祈っていてその後押しをしているようにみえたからです。それと、妹であるアリシアの死を受け入れる覚悟を、レイモンド、オースティン、ノアの3兄弟は幼いころからせざるを得なかったため、兄であるオースティンは弟の幸せも心から願っていた、という、そんな気持ちも抱いてしまっていました。でもなんか、そうじゃなかったみたいですー。それでも、満足できる作品でした。