トータス杉村さんの『トリああああああジ』は、原案がA・ドワノさん、物語協力が北原雅紀さんと、表紙に記載されています。死神が、究極の二択を迫る物語です。
人間界の超過死亡数の激増により地獄は逼迫しています。そのため、死神組織は、死の間際の人間の下に送り込む死神に、人間にトリアージを施すように命じます。トリアージを行う際、死神はひとりで行動しますが、オルタナ、リッパー、ルナルナの3柱(?)は普段から、日本のある都市の廃墟の地下にある BAR死神を本拠とし、日々の業務(?)にあたっています。
物語は、3人がそれぞれ担当するトリアージを、オムニバス方式で紹介します。3人がお互いの仕事に干渉することもあります。
以下、ネタバレを含みつつ感想を書いています。ご注意下さい。

オルタナは、死神の名門の出身。容姿端麗、常にピシッとスーツを着こなし、サラサラの長髪と、知性と冷徹な目を強調するメガネが特徴です。リッパーは、こけた頬に、つい目がいってしまう存在感のある唇。ミック・ジャガーを彷彿とさせる風貌です(個人の感想です。トータスさんがミックをモデルにした、というエピソードを読んだ覚えはまったくないです)。リッパーはわざわざ人間界に住みついて、死神が作る必要もない料理も楽しみ、死神なのにその料理を食べるという、死神には無駄な行為を楽しんでいます。ルナルナは目でか小顔のツインテ―ル。牙もしくは八重歯が目立つかわいこちゃん(死語)のセーラー服ギャルです。性格はサバサバ、冷笑系。『世界一可愛い死神』を自称します。
彼らは死を目前にした人間の目の前に現れて、その人間に二択を迫ります。どちらかを選ぶことによって、生き残るかもしれないし、死ぬかもしれない。死神たちはサービスで、選んだ直後にどのような展開になるかを少しだけ教えてくれた上で、どちらを選ぶかを決めさせてくれることもあります。
その二択の結果は、基本的には死の回避をもたらすのですが、幸せをもたらすとは限りません。この物語は、死に至るまでの経緯、選択の重圧、選択後にもたらされる結果とそれを受け止める人間のドラマを描いています。
たとえば、第1話をネタバレします。度重なる煽り運転を楽しむ男が、自業自得の顛末により、トラックに衝突して即死する運命に直面します。その瞬間、突如として助手席にオルタナが現れ、まずは死を宣告します。しかし、オルタナはここで生きるための選択肢を煽り男に提示します。ひとつはハンドルを左に切ること。もうひとつは右にきること。左に切ればヤクザの車にぶつかり、ヤクザに搾り上げられて不幸になる人生が待っています。右に切ればパトカーにぶつかり、過去の煽り運転によって危険運転致死傷罪で懲役5年の刑を受けます。選択しなければ最初の運命のとおり即死、左にきればヤクザの搾取による地獄、右にきれば服役。男は選択し、その結果、オルタナが予告したさらに先の思いがけない未来に進むことになります。

トータス杉村さんの作品との出会い
トータス杉村さんの作品には、『グランドリセット』で出会いました。この作品は全2巻で完結扱いですが、ストーリーは未完です。スケールが大きくなる系の物語で、その手の話を読んで満足しているときに、おススメにあがってきて読んだ気がします。トータスさんのその他の作品は、表紙を見る限りでは、グランドリセットとはかなりテイストが違うような気がします。私が気に入って読んでいるのは『報復刑』です。こちらは今の時点で27巻まで発行されていて、人気の高さがうかがい知れます。『報復刑』もオムニバス作品です。人間の選択の苦悩とその結果によってさらに生まれる苦悩を描いた作品で、話が尽きません。
ところで「トリああああああジ」って、どういう意味?
『トリああああああジ』は、死ぬはずだった人間が二択からひとつを選んだときにかかる掛け声です。そこでちょっと、トリアージの意味を調べました。ChatGPTによると、トリアージとは「優先順位をつけて、どれから対応するか振り分けること」で、もともとは医療用語として使われ、災害や事故などで患者が一度にたくさん来たときに、症状の緊急度・重症度によって治療の優先順位を決めることです。それが応用されていろんなシチュエーションで使われるようになり、ITのトラブル対応などでは「まず状況を調べて、重要度や原因・担当先を判断します」くらいの意味で使われるそうです。
私の印象では、やはり医療現場で「たすかる見込みが0.01%の患者と、10%の患者がいて、スタッフは1人に対応するので精一杯」という状況のときに、「0.01%の患者の対処をあきらめて10%の患者のために全力をつくそう」と判断すること(あるいはその逆か、判断は状況によって異なるでしょうけれど)、いわゆる「厳しい状況の下で命を救うために、片方の患者を優先する」行為、という印象をもっています。「ふたつのうちひとつを選ぶ」=「トリアージ」と書くと意味は正しいように思いますが、私は「片方を犠牲にする」の印象を強く持ってしまっているので、『トリああああああジ』という掛け声シーンを見るたびに「えっと、トリアージってどういう意味だっけ」と、いつもちょっと混乱していました。
二択で浮かび上がる人間の業
トリアージを迫られる人間は、胸糞なヤツで、彼らを待ち受けるラストに読者がスッキリするケースが多いのですが、理不尽な目にあっている人が理不尽な二択に断腸の思いで挑むこともあります。いろいろと考えを巡らせてトリアージに臨むのに、その思惑どおりにはならないのを描写することで、人間の業の深さが際立てさせられます。それが、この作品の醍醐味です。
ずっと続くと思ってたけど、なんと「完結」した
オムニバス形式で、オルタナ、リッパー、ルナルナがそれぞれ扱う案件が紹介されるスタイルは『報復刑』と同じで、ずっと続くものだと思い込んでいたので、11巻をRenta!したとき『完結』の文字を見て驚いてしまいました。
そこで読み返してみると、単に担当案件が紹介されえうだけでなく、死神たちの人となりがきちんと描写されていて、ラストにむかってお話が進んでいたことがわかります。
ネタバレしちゃうと、リッパーの気持ちがどんどん人間に寄っています。そして、オルタナは、自分の過去の経験もあいまって、そんなリッパーに対して複雑な思いを抱えています。ルナルナはサバサバ系女子ですが、仲間に対する優しさも持っていて、3人の関係のバランスをつくっています。リッパーが人間に気持ちを寄せるとはいっても、特定の人間に人間のような気持ちで同情するとか幸せにしてやりたいとか願うわけではなく、あくまでも感覚は死神のまま、どこまでいっても何かしら面白がっているような乾いた関心に徹底しているところがおもしろいです。
オルタナとリッパーの心情が、いつの間にか物語の軸に
オルタナはポーカーフェイスの整った顔立ちで、初登場シーンでは女性かと思ってしまいました。死神たちはたいてい、突発的な死の瀬戸際で時間を止めてトリアージを行います。このとき、時間を止める能力により、たいていの人間は、わりとあっさり、自分が会話している相手が死神であることを受け入れます。「時間が止まっているから」というのもあるのですが、死神たちにどこか迫力と説得力があるのだとも思います。リッパーやルナルナは、シニカルな雰囲気で二択を提示しますが、オルタナの態度は冷徹です。死神たちが「死神だってことはすぐ受け入れるんだな」と呟くことがありますが、読者も、素直に読んでいればそこに違和感はありません。
人間への温情にも見えるリッパーの振る舞いに、オルタナはその冷徹な表情の下で、苛立ちを募らせるのは、オルタナにある苦い思い出があるからです。物語の中で一度、リッパーは懲罰をうけることになります。懲罰をうけたリッパーが、まったくへこたらず、反省することもなく行動を変えないのが、この物語の特徴です。リッパーが懲罰をうけている間、リッパーのかわりに本部(?作品中ではずっと「上」と言われています)から送り込まれてきた死神が、リッパー以上に型破りな振る舞いをしてオルタナやルナルナを呆れさせたあげく転職してしまうなど、展開にはアクセントがあって、読者を退屈させません。
ルナルナで見つけた、トータス杉村さんの新しい特徴
トータスさんはあまり絵柄がかわらないな、と思ってたのですが、改めて『報復刑』を読み返してみると、巻数が増えるに従って線がどんどん洗練されておっているのがわかります(と、私には思えます)。連載初期の、やや武骨さが伝わってくる絵も好きですが、今の絵も好きです。私が思うトータスさんの特徴のひとつに、女性の顔が比較的硬くて、顎ががっちりしていそうに見える点があります。

でも、ルナルナは違います。顎が小さくて目が大きい、アニメ顔キャラです。トータスさんてこんな女の子も描くんだー、と新鮮に感じたところも、私にとってこの作品の魅力でした。


寅さん方式、だと思ってました
何度も言ってしまうけど、驚いたのはこの作品が完結したところです。昔から、日本人は同じことの繰り返しに安心する傾向があると耳にします。よく引き合いにだされるのは、映画『男はつらいよ』で、主人公の寅さんはいつまで経っても周囲に現れたいい女が自分に惚れてると思い込んでわちゃわちゃやっていると、そのわちゃわちゃが多くの場合彼女の恋の後押しをすることになり、彼女は寅さんの気持ちには気づかないままだし、寅さんは切ないながらも彼女が幸せになることを祝福します。結果、寅さんはいつまでも独身で失意にかられて旅に出てしまいます。かわいそうに。彼女以外の周囲はみんな寅さんの気持ちに気づいていたので傷ついた気持ちをどうしようもないのがわかっています。したがって、彼らは旅立つ寅さんを心配はするものの、なすすべもなく見送ります。
最近Youtubeで『男はつらいよ』を「何が面白いか、平成生まれにはちっともわからない昭和の映画の代表のひとつ」と評しているチャンネルがあって、昭和生まれの私には大ショックでした。まあ、平成後期生まれの方がそう思うのもわからないこともないかな。私は寅さんとさくらさんと周囲の人たちが大好きだけど、それでも、年寄になってきても同じことを繰り返す寅さんと、毎回最大限心配しちゃうさくらさんたちの成長のなさには、まれに軽くイラっとすることはあります。昭和情緒は別にしても、ケータイでいつでもどこでも誰とでも繋がれることがあたりまえの方たちには、どこか知らないところに旅にでちゃうテキ屋の寅さんとその家族の哀愁、郷愁は伝わらないのかもしれません。
寅さんは生身の人間である渥美さんが演じていたので、年を取るし、そうなるとマドンナたちとの関係の描き方も微妙に変わってくるし、渥美さんが亡くなってしまったことによって映画も終わってしまいました。でも、漫画の場合、作者さんが老いることはあっても、登場人物は老いない演出が可能です。いわゆるサザエさん方式です。この作品はオルタナ達の容姿がかわらないので一見サザエさん方式に見えますが、物語の中での時間はどんどん進行していきます。時間は経っても人間が死ぬことと愚かな選択をしてしまう人間が多いことは普遍なので、つい、終わらない物語だと思ってしまっていたのでした。
おっと最後に気づいて納得なんだぜ
そういえば、完結するまで、トータス杉村さんの作品であることはもちろん強く意識していたのですが、クレジットにほかの方のお名前があることに気づいてはいても、ちゃんとチェックしていませんでした。原案としてお名前のあるA・ドワノさんについては情報がなく、また、Renta!の作品紹介の書誌事項にも記載されていません。人物なのか団体なのかはたまた概念なのか。まったく謎です。でも、原案は、北原雅紀さんでした!北原さんといえば、『すばらしきかな人生ーふたたび友郎ー』の原作者さんです!『すばらしきかな~』も、人間の人生と生死を考えさせられる作品でした。オムニバスで永遠に続くこともできるけれど、実際には終わりが訪れる作品でした。『すばらしきかな~』も、どこかピリッとしたものがあって、単純に人生や選ぶことのメリットやデメリットだけではなく、それによって人間の心に何がうまれてくるのか、とか、人間の責任とはなにか、とか、一筋縄ではいかない何かを読者に感じさせる作品です。『トリああああああジ』での『原案』がどこまで作品に繋がっているのかは読者には知りようもないですが、この作品に北原さんが原案として関わっているのは頷ける気がします。『すばらしきかな~』が大好きだったので、なんだか嬉しくなってしまいました。
そういえば、読んでる間はタイトルの『トリああああああジ』の『あ』がいくつあるのか。いつも「ちゃんと数えなきゃ」、と思いつつ数えてませんでした。こういうのって作者さんはめちゃくちゃこだわって数を決めているはずだから、ファンとして作者さんにすごく失礼だな、と思いつつ。でも読み終わってあらためて表紙を見ると、ぱっと見でいくつ『あ』があるかわかるようにタイトルロゴがちゃんとデザインされていました。うーん。ステキ。そういえば、このロゴのデザインは作品世界とばっちりテイストがあっていて美しいのですが、究極の二択という物語の深刻さに対して、『ああああああ』とひらがなで伸ばすタイトルにはポップさを感じて、ちょっとだけ不思議に思うところもありました。
ともあれ。寅さん映画みたいに永遠に続くとの私の予測を覆して、鮮やかに完結した作品でした。
