『ドクムシ The ruins hotel』は作画 恵那さん、原作 八頭道尾さんの作品です。『ドクムシ』と同じ八頭さんの原作で画が合田蛍冬さんの作品の続編となります。
蠱毒を始める男女が集まるところから物語は始まります。蠱毒とは複数の毒虫をひとつに集めて殺し合いをさせる呪術。生き残った毒虫は強い呪力を持っているとされ、それ使って呪いをかけます。といっても、今回みんなが集まったのは疑似蠱毒を行うためです。直前には前作で蠱毒が行われた廃校の前ではらわたを食い散らかされたような子供の遺体が発見されています。
ここから先はネタバレなのでご注意下さい。
[作画]恵那 [原作]八頭道尾
6人はネットのオカルトサークルで知り合いました。男性3人と女性2人とトランスジェンダー1人です。メンバーの親が持っている廃ホテルで、飲食物を十分準備して疑似蠱毒を楽しもうと集まりました。ところがホテルには既に男性2人が入り込んでいました。
8人は疑似蠱毒を始めます。話題は廃校で見つかった遺体のことになり、蠱毒事件で生き残り最近まで病院に収容されていたレイジが犯人ではないか、そのレイジがこの蠱毒ごっこに紛れ込んでいるのではないかとの戯言もでます。しかし、翌朝になると雰囲気がかわります。メンバーの女性が全裸で目隠しをして部屋に手錠で拘束されていたうえ、あとから参加したふたりの男性が別の女性ひとりを監禁していたことがわかったからです。
疑似蠱毒を中止しようという意見もでますが、知らないうちに出入り口につけた鍵が増えていて外に出ようにも出られません。飲料水もほとんど捨てられていて、ごっこだったはずの舞台が危うい場所になってしまいます。
そして最初の殺人が起きます。
疑心暗鬼になるメンバーたち。そして次から次へと殺人が起きます。ひとりの殺人者がいるのではなく、あの廃校での蠱毒と同じように殺人者も殺す動機もバラバラ。食料と水は少しあるので、空腹を持て余すところまではいっていませんが、量は限られているので焦燥感はあります。みんな心を病んで、どんどんおかしくなっていきます。
最後に残った、蠱毒を仕掛けていた人物はもうひとりの体をきりとって調理して本人に食べさせようとしたりします。実はこの人物は、例の廃校で行われた蠱毒のあとに行われた別の蠱毒の生き残りでした。その蠱毒は失敗に終わり、その人物ともうひとり、今回の蠱毒にも参加した者が生き残っていたのでした。廃校の前にあった子供の遺体から臓器を引きずり出してむさぼり食ったのは、レイジならぬこの人物でした。
今回の蠱毒で、他の人々が蠱毒によって心を病んでいったのに対して、この人物は病んでいるから蠱毒をしかけています。殺される側は蠱毒を面白がってずっとシニカルに構えていたのですが、殺されるに至ってやっと自分が傍観者ではなく当事者であるということを肌で理解します。
最後に残った人物の目的は、蠱毒を完成させることで最強のドクムシとなった自分を使って自分を呪って地獄に落とすことでした。拘置所に入れられたその人物は、何故自分は地獄にいけないのかと苦しみますが、看守は思います。本人は、まさに自分が望んでいた地獄のさなかに今いるのだということに気づけないのだろうか、と。
前作のドクムシも何度も読み返しましたが、この作品もぞくぞくして、何度も読み返しました。かわいらしいタッチの合田蛍冬さんとは全然違う華麗な絵の恵那さん。9人のまったく異なる個性が見事に描かれているので、人数が多くても混乱することはなく、すっとキャラクターたちが頭に入ってきました。
前作とは違ってお遊びで蠱毒をするということで、はしゃいでいる感がありますが、特にゆるい雰囲気を作っているのはトランスジェンダーのレイです。ゆるいというよりずっとキャピキャピしています。でも後に明らかになるレイは、整形した可愛らしい顔や、整形前はそうだったろうと思われるやぼったい顔とは違って、暴力的です。特に学生時代にリンをふったことを言いふらした男子に対してや、学校を辞めてから整形費用をためるためにリンと組んでオヤジ狩りをして趣味と実益の両方を満たしていた頃のレイの暴力はすごいです。蠱毒が始まってからたらしこんだブイへの態度も支配的です。でも、顔がかわいいので、ついつい目がいってしまいます。レイがブイに殺されたときは残念でした。
ふたごのカタワレ、ブサイクで厚化粧のロリータ、リンも魅力的です。笑うと「怖い」としか思えない容貌で、アニエスへのつきまといは不気味なのですが、筆談や日記になるとレイにも負けないキャピキャピの女の子です。みているうちにかわいく思えてきます。が、言葉を発しないで、動くときには激情にかられて突然暴れたりするので、実際学校でクラスメイトとして一緒にいたら、やっぱり敬遠してしまうと思います。喋らなくて何を考えているかわからないキャラクターなので、アニエスがリンを殺してしまった後で勝手にリンのキャラを自分で作って都合のいいように会話するのはよくわかる気がしました。本人の性格と関係なく勝手に作られたキャラを投影されるのもリンっぽい感じがするのです。服装も含めて、リンも好きなキャラだったので、リンがアニエスに処女を捧げようとしたのに処女のまま殺されちゃったのは不憫でした。レイとリンがドレスを着てうずくまって「リンちゃんは何にだってなれる」と言っているシーンは好きなシーンのうちのひとつです。
成り行きで蠱毒に参加したエイジとカツヤは感情移入のしにくいキャラたちです。その理由は、まず単純に、この疑似蠱毒の部外者だったから、そして暴力的だからです。そういう意味で、カツヤが最初に殺されてしまうのは、前作のトシオの死を彷彿とさせるものがありました。カツヤ自身はメンバーに暴力を振るったわけではないのですが、エイジの腰巾着でいかにもなチンピラの容貌をしているうえ、エイジが監禁している女の子を、エイジの許可をもらってレイプしたりするので、イメージとしては乱暴者です。死んでも正直あんまり辛くありませんでした。でも、あんまり頭がよくないことを利用されて拷問を受けながら死んだうえ、死んでからも体を蹂躪されていることを考えると、やっぱりかわいそうというか、鬱な気持ちになります。
エイジは過去の話を考えると最低です。狡猾で惨忍で、人の死をなんとも思わない男。自分が捕らえられると態度は一変します。おそらくエイジは今までの人生で初めて人にいいようにされる目にあったのではないでしょうか。結果、どうとでもできる俺の女と見下していた女性の心を壊してしまい、彼女によってとことん痛めつけられます。絶命するまでにはとんでもない地獄を彷徨ったことでしょう。それでも過去の行いを思うと因果応報というか。それに、過去のことを考えても、支配していると思っていた女に口移しで薬物を飲まされたりする、最後のツメが甘いというか、うっかりさんなところが今回もでてしまって、安々と支配を許してしまったような気もします。
エイジが監禁していた女の子は、最後まで名前すらわかりません。エイジには絶対服従でも本来は気が強い普通のギャルのようです。彼女は最後の4人にまで残り、場の動きをシニカルに眺めていたミチカにとっても脅威のひとつとなります。彼女の意識の崩壊は素早く、狂ってエイジをいたぶる姿は、この作品の見どころのひとつだと思います。登場人物にとってだけでなく読者にとっても謎の存在だった彼女。いったいどんな風にエイジに翻弄され、監禁されるに至ったのか、知りたいけど知りたくないような。
アニエスは最初からのリーダーっぽい存在で、自分も「計らずも」本当の蠱毒が始まってしまった中で、最善の結果を得ようと奔走しますが、結局は心が壊れてしまってリンを殺し、死姦します。それまでかっこいいかついい人キャラで頑張ってきたので、壊れたときの自分へのつじつまのつけ方は強引です。その様が、それまでの優等生キャラと整合性があって、自分本位な感じ(それまでの優等生キャラは、そういうキャラを自分がカッコイイと思ってたからやってたのであって、本当のアニエスは別に優等生ではなくて普通に自分がかわいい人、っぽい感じ)がとってもよかったです。だからといって、アニエスのいい人キャラが全部ウソだと言ってるわけじゃなくて…無理して背伸びしてたけど折れちゃった感がとてもよかったです。
ブイは誰にとっても「好きになれないキャラ」だと思います。自分勝手でその場しのぎ。男の体を持つレイとセックスして、気持ちよさだけはしっかりと感じながらも、男とセックスするなんて気持ちワルイ、と思っているところ。エイジの女にもエミにも見境なく手をだすところ。後先考えずに飲んだり食べたりして殺したレイの飲食物を当然のように自分のものにしたりするところ。でも、前作のレイジも、主人公で感情移入しちゃうからわかりにくかっただけで、ブイと似ているような気がします。レイジが、そんなに好きじゃないのに、自分の居場所をくれるお母さんみたいな存在だからマリと付き合っていたこと、マリを妊娠させておきながらマリの妊娠を受け入れられなかったこと、マリのお腹の中の子供をないものにしたくてマリを穴倉に突き落として、その事実をなかったことにして本気でマリを探してたこと。やっぱりブイと重なります。でもそれは単なる偶然でした。ブイは「傍観者」ミチカにやられてしまいます。
ミチカ。まだ顔がぷくぷくの子供だった頃から両親に邪険にされ、友達もなく、陰険に育ってきました。そんなミチカには、なんと、前作で廃校での蠱毒を主導したイサカ・ユキトシとの接点がありました。ユキトシはミチカを、廃校での蠱毒のメンバーとしてスカウトしていたのです。ユキトシはミチカに試練を与えます。最初は飼っている猫を殺すこと。次はニンゲン。でも、ミチカが目をつけたニンゲンがよりにもよってスギウラ・レイジであったことから、ユキトシによるスカウトは中止されます。ミチカは挫折感に苛まれます。そして、ミチカは「レイジかもしれない」ブイをなぶり殺します。
ブイを殺して蠱毒を完成させたことで、ユキトシに勝ったと思って、ミチカは生まれて初めて満足を感じます。その姿は、これから待ってるはずの事件発覚や警察による取り調べなどの煩わしさや、裁かれて極刑が下されることなどへの恐怖とは無縁です。最初からずっと、悪くなる一方の状況を楽しみ、苦しむ人々を嗤ってきていたミチカが求めていたのは「ユキトシに勝って蠱毒の王になること」だけだったのかと思うと、ミチカのことがとても不憫になります。
ミチカは外に出ますが、意識を失い、気づくと縛り上げられてみんなの遺体と生首が集められたベッドの上に寝かされています。ミチカを捕らえたのは、エイジの女に殺されたと思われていたエミです。危機的状況なのに、まだミチカはどこか他人事のような気持ちが拭えません。でも、自分が操って開催したと思っていた今回の疑似蠱毒が、実はエミによって作られたものだと知ったとき、初めてミチカはもうシニカルに笑えない自分に気づいたのでした。あとは拷問されて苦痛にまみれて死ぬばかりのミチカ。ミチカの絶望と諦観と、それに反しての苦痛は、読む者にとってもクツウです。
そして、最後の人物、蠱毒の勝者、エミ。思えばエミの態度はずっと不自然でした。蠱毒を導いているからではなく、どこか教えられたことをなぞって振る舞っているかのような、アニエスとは違う種類の優等生なところがあったのです。アニエスの場合は、正しいことをしよう、物事をよい方向に導こう、とする優等生でしたが、エミはどこか空虚で、自分の考えで何かするのではなく、それが正しいと教えられたからしているような態度なのです。
エミがどんな少女時代を送ってきたのかはわかりません。大人になったエミは、「奥さん」になって「お母さん」になることが正しいからそうなる、という女性になっていました。胎児に障がいがあって産まないことを医師に勧められてもエミは受け入れません。私が悪いから子供に障がいがあるのだ、と考え、エミについていけなくなった夫とは「もう必要ありませんね」と、あっさり別れます。目的なくただ生きている時に、元祖ミチカ(ミチコ)の教団に入り、レイジとマリの子供(トワコ)の母親という役割を与えられます。
そこでは、前作のラストシーンがでてきます。ユキトシやミチコ、レイジとマリもそうなのですが、絵柄は全然違うのに、恵那さんは前作の雰囲気を上手に再現していて、その違和感のなさに感動します。恵那さんが前作を大切にしてくれていることがわかるので、読者も違和感なく、この作品を前作からのつながりとして受け入れることができます。
エミはトワコを大切に育てます。そしてミチコを失って力が落ちた教団から、トワコをミチコの代わりの存在にするために、トワコと一緒に蠱毒に参加してトワコを勝者にすることを命じられます。しかし、一緒に参加した教団の人間に裏切られたことをきっかけにトワコを殺してしまい、参加していたブイにも逃げられて、エミの任務は失敗します。エミは教団関係者を廃校に閉じ込めてトワコの死体と共に外に出て、そこでトワコの内臓を口にします。最初に皆が話題にしていた、廃校で見つかった子供の死体を放置したのはエミだったのです。
エミが生前のトワコの写真をみると、トワコは恐ろしい形相に見えます。エミは「亡くなった子供の写真を見るとすべて苦悶を浮かべている。それは霊が地獄におちたから」という怪談を思い出し、トワコが地獄におちたと思い込みます。自分も地獄に落ちてトワコに再会するため、エミは蠱毒を開催して自分が勝者になると決め、以前小耳にはさんでいたオカルトサークルと、ブイに焦点をあてて蠱毒に誘い込んだのでした。
そんなトワコの写真は、エミ以外の者が見れば、かわいい笑顔です。
エミは逮捕され、何故自分は地獄に行けないのだと悩み苦しみ抜いています。その姿はまさに生き地獄を生きている姿です。エミが何故、母にならなければ生きている意味がないと思い、人に言われたことを曲解したうえでその通りに生きる人間になってしまったかはわかりません。ただその苦しみがどれだけ大きいかが痛いほど伝わってくる、恐ろしいラストでした。
ところどころ「あれっ?」と思うところはありました。たとえば、ミチカが外に出るシーンです。ミチカが持っている鍵以外に、エミがつけたダイヤル式の鍵があったはずなのに出られたのは何故?とか。ブイが都合よく記憶障害になってるとか。でもそんなのは、エミが生き地獄に生きていて、そのことに気づかないでいるとか、ミチカが生きながら肉を削がれてまでまだ人生の皮肉を考えている壮絶さとかの描写の前ではささいなことです。グロい表現もいっぱいありますが、グロさよりも物語に圧倒されます。
前作に引き続き、人間の恐ろしさ、狡さ、未熟さ、かわいさ、その他人間らしいことのモロモロに飲み込まれるような作品でした。