『クイズ!正義の選択』は杉野アキユキさんの作品です。動画配信サービス「ジャスティス」が配信するクイズ番組をテーマにしています。
クイズの司会者は神矢正義。皮肉屋でクイズの出演者を上げては落とす緩急ある司会が人気です。
ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
最初のエピソードの解答者は夫婦。質問は夫婦の思い出の品はAそれともB、です。でもこのクイズ、重要なのはクイズの内容ではなく、解答が一致するか否かです。初回では一致すると夫が報酬を得て妻が代償を払います。不一致ならその逆。今回の夫の報酬は起業資金500万円。代償は、腹の減ったライオンに片腕を食べられること。妻の報酬は愛犬のレオ(重い腎臓病)の治療、代償はレオをライオンに食べさせること。この報酬と代償はバランスがあるので、小さい報酬を望めば代償も小さくなります。
見どころは、一致、不一致のどちらを選ぶかを決めるための15分の相談タイムです。2人の意見がぶつかりあり、かけひきが行われます。夫は、今後の夫婦の生活を考えると自分が手を失うなどあり得ないと考え、妻も合意してあっさり決定したかに見えますが、神矢の「どんな結果になってもレオくんとのお別れの時間はとりますよ」という言葉に妻は動揺します。それをきっかけに、夫婦の間で歯に衣を着せない本音がぶつかり合い、言葉による激しい応酬が始まります。最終的に一致することで意見はまとまったかにみえましたが、妻が押したのは合意したはずのAではなくB。答えは不一致です。最後の最後で夫の不用意な言葉が妻の醒めていた心を後押しして、愛犬を助け、夫を見捨てる結果となったのでした。この裏には、夫が未成年のときに無免許運転で起こした事故で腕を失った被害者からの番組への復讐の依頼がありました。
神矢がこの番組のMCをしているのは、ある人物を番組に引きずり出すためでした。神矢は子供の頃一家惨殺の被害者、家族のたったひとりの生き残りです。犯人は作家。犯人がしたのは3世代の家族全員を縛り上げ、全員に死ぬべき人物を挙げさせること、そして妹を除く全員が指名した正義に4人を殺させるということでした。神矢正義は妹を残して祖父母と両親を殺します。しかし、妹も自殺し、一人だけいきのこったのです。そのことが番組で晒され、番組は終了、神矢は刑務所にはいります。
一度終わった番組ですが、新たに天道鏡平をMCに迎えて再開します。天道は神矢正義と違って正統派の冷静な司会者です。天道の目的はこの暗い世の中で正義を貫くこと。婚約者を殺した罪で懲役12年を勤めた彩世大地も出演します。彩世は自分の逮捕、拘留、裁判、懲役の様子を動画配信して生計をたて、腹をたてた遺族と対決したのでした。彩世は、実は殺人はレイプされたことから立ち直れなかった婚約者に依頼されたもので、彼女へのレイプを知られたくなかったから裁判でも明かさなかった、と告白して報酬の1000万円を獲得します。
番組終了後、彩世は天道だけに真実を伝えます。婚約者は他に好きな人ができて別れたがっていたこと、それを彩世が監禁したこと、監禁と交際相手を詰問されることに耐えきれなくなった婚約者がついに「もう殺して」と言ったこと。天道は番組を通じて嘘を公開してしまったことにショックをうけます。
彩世は1000万を資金に配信番組を始めます。まず、若い女性に対する犯罪事件について徹底的に調べ上げます。それを基に対象に4つの質問をし、そのやりとりを視聴者に見せてgoodかbadの意見を募り、badが多ければ断罪するものです。連続レイプ魔には性器切断、連続女性金属バット暴行魔には250キロのボール100発をぶつけるなどの制裁が課されます。天道は、これでは犯罪の抑止にはならず過激な私刑を煽るだけだと腹立たしく思います。
彩世は天道の番組終了を狙い、出所していた神矢正義を自分の番組に出演させます。しかし、神矢は彩世の思惑どおりにはうごかず、天道と彩世はクイズ!正義の選択に出演してお互いの番組存続をかけて争うことになります。司会は神矢。
番組で、彩世の真実は暴露されます。天道は「若い女性被害者の仇をうつことでフィアンセへの贖罪をしたかった」との彩世の本音を引き出します。
彩世の動画配信は終わり、クイズ!正義の選択は三度生まれ変わります。神矢と天道がそれぞれ挑戦者について弁論を行う番組となったのでした。
この作品は、神矢正義のキャラクターが気に入って読み始めました。実は他のサイトで見かけたのが最初の出会いだったのですが、神矢の極端な顔芸や大げさな身振り手振り、代償を払わせる直前のダンスタイムが面白くて、これは是非Renta!で読みたい(タテコミでなくページで読みたい)!と待って購入したものです。
一致不一致のための駆け引きや、神矢の意地悪なコメントが面白くて、すぐに夢中になりました。挑戦者たちのキャラクター、争点、駆け引き、落とし所、番組が終了したあとのなんとも言えないたいていは後味の悪い余韻、ときどきスカっと楽しいラスト、どちらも好きです。神矢の顔芸は見応えがあって、ダンスを踊る描写もおもしろく、杉野さんが楽しんで描いていることがよく伝わってきました。
毎回のエピソードは面白いし、神矢の皮肉はエッジがきいてるし、楽しんで読みました。杉野さんは下ねたエピソードが結構好きなようで、ネームが一発で通ったと後書きで書いているし、実際、下ネタ回はなんだかイキイキしています。
3巻で終わったこの作品ですが、電子図書での売れ行きがよく、連載再開が決まったそうです。多分きっかけになったのは、私が最初にこの作品に出会ったサイトでの広告の効果だと思います。私がRenta!にはまったのも、『生贄投票』の執拗な広告がきっかけでした。普通だったら興味を持たない、紙書籍だったら手にとらなかったであろう多くの作品に巡り合えているので、電子書籍の広告は私にとっても新しい世界を開いてはくれたのですが…正直何度もCMを見るとうっとおしかったりもします。また、最近よく目にする某配信サイトでは、作品の冒頭だけでなくオチまで広告で流しているので不思議です。「広告とちがっててがっかりした」という意見を防ぐためでしょうか?広告もいろんな傾向があって興味深いですね。いずれにしても、連載再開が決まって私も嬉しかったです。
司会者が天道になってからは番組のテイストがちょっとかわり、そのため漫画も変わっています。神矢のときは神矢の皮肉や顔芸がストーリーにおいてかなりメインをしめていましたが、天道はインテリで正論です。締めのダンスのかわりに天道が「今回の漢字」を書きます。天道は起業家からコメンテーターに転身し、さらにクイズMCになったのですが、原動力は父に教えられた「世のためになることをしたい」です。天道は、スカしているように見えるけれど、プログラミングスクールの教え子をすごく大切にしているし、父とも反目しているかに見えるものの、父が自分を深く愛してくれていることを分っているし、母がTVをみてふと興味を示したオーストラリアへの旅行をさり気なくプレゼントするような優しい男です。同じ設定で、MCの性格が違うことによってこんなにテイストの違う作品ができることを、作者の杉野さんが見せてくれて、とてもおもしろかったです。天道にかわって話がだいぶ変わったなーとは感じていたのですが、ライバルの彩世の存在も含め、いろいろ考えてお話を構成しているのだと、最終巻まで読んで感じ入りました。
杉野さんの後書きなどでのコメントを読んでいると、かなり年上の編集さんと二人三脚で、お話に多角的な視点を取り入れるようにしてこの作品をつくられたようです。占い師のエピソードで実際に占い師に会ってみて感動し、編集さんに「杉野さんてほんとチョロいねー」と言われたという杉野さんはかなり素直な方なのではないでしょうか?素直な作者さんが描く皮肉屋のキャラクター神矢もおもしろく、この作品は各話のあとや巻末の後書きも面白くて楽しめました。
神矢、天道通じて私が一番印象に残ったのは、マッチングアプリで知り合ったカップルの話です。スラっと背が高く凛として美しい39歳の女性と小太りの30歳男性のカップル。男性は高収入で、合コンだと同じく高収入のイケメン男性に負けてしまうけれど、マッチングアプリなら収入だけで十分な武器になって女のコと上手くいくことに気づいてマッチングアプリにはまった男です。しかし、収入よりも自分自身を評価くれる女性に出会い、生涯を共にしたいと思うようになりました。それなのに、女性が本名を隠していることが気にかかり、番組に応募したのです。女性は真実を告白します。実は、彼女の戸籍上の性別は男だったのです。それでも彼女を受け入れた彼は、クイズの代償を自分が払うことを選び、若禿を告白します。その時は幸せに終わった番組ですが、後日2人は別れます。彼女は、若禿の彼を受け入れられなかったのです。せっかく幸せに終わったのに…と、とっても残念でした。でも、男性は自分のマッチングアプリのプロフにカツラなしの自分の写真を載せるようになったのが、ちょっと前向きでよかったです。誠実で、気も合うし、一緒にいて幸せで、性別が同性でも受け入れてくれて、そんな理想的なパートナーでも、若禿っていうのがどうしても生理的に受け付けなくて別れちゃう、という事実がとっても寂しくて、でもそれを責めて別れるのではなくまた前向きにマッチングアプリで活動する男、という姿にホッとしたのでした。
もうひとつは、町に刑務所を誘致するお話。反対派の出演者が、オフマイクで自分への利益供与を提示されると思わずそれに屈してしまう、天道は何か取引があったことには気づいているものの、そこでの正義を求めても仕方ない、もっと大きいレベルで正義の履行への高い意識が一般化しないと正義は行われないだろう、と、述べるシーンでした。
神矢の番組、天道の番組は、人の無責任な野次馬根性を満足させるものです。彩世の番組は、それにさらに、視聴者が匿名で断罪に参加できるというものでした。人間には、損得関係なく人を断罪したくなる性質があります。匿名であればなおのことです。天道はそこに危機を感じて彩世の番組を終わらせました。
少しでも正義を実現したい天道、人の悪意を晒すことを楽しむ神矢、「クイズ!正義の選択」がこれからどんな番組になるのか興味津々ですが、物語を終わらせるにはいいタイミングでもあります。杉野さんの次の作品も楽しみです。