黒脳シンドローム

『黒脳シンドローム』は石川オレオさんの作品です。高校一年生の体操選手雪村ヒロトは自分の身体を完全に管理している完璧主義者ですが、事故にあってしまいます。

目覚めると雪村は女性の身体になっており、スピーカーから流れる声に、「誰にもばれずに今日のリカコのスケジュールをこなせ。それができればゲームクリア、元の身体に戻れる」と伝えられます。とまどう雪村は反抗し、ペナルティとして片目が自然に抜け落ちます。やむを得ずゲームに参加して元の「美しい身体」を取り戻す、と雪村は誓います。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

リカコのスケジュールは14時に遊園地の正門前に行き、19時までそこで過ごすこと。リカコになった雪村が遊園地を訪れると、恋人と名乗る男性が近寄ってきます。名前すらわからない恋人とのコミュニケーションをなんとか取りつつリカコとして過ごす雪村でしたが、恋人は観覧車のてっぺんでリカコを殺そうとします。雪村は外に逃げ出し、本来の自分の持ち前の運動神経でリカコの身体を操って逃げます。恋人は墜落して死に、リカコは気を失いますが、時計は19時を指し、雪村のミッションは完了します。

次に目覚めると雪村は元の身体ではなく少年の中にいます。元の身体の損傷が激しいのでまだ時間が必要だというのです。少年の身体でも死に直面するシチュエーションがあり、雪村は全力を使ってミッションをコンプリートします。するとさらに、今度は男性になります。時間内にコンプリートできずペナルティで両目を失って絶望する雪村に小玉と名乗る女性から連絡があります。小玉の助けもあって、10分間の猶予時間内ににミッションをコンプリートした雪村はついに自分の身体を取り戻します。

しかし、これでゲームは終わりではありません。優れた人材、通称「強いメダカ」を探す「運営側」は、雪村をさらにゲームに参加させます。ゲームには、いままでと同様、人の身体に入ってミッションをこなす「マネキン役」と、ミッションコンプリートしたマネキンを回収する「回収役」が存在します。そして、このゲームには、雪村や小玉を含む8人が関わっていることがわかります。

マネキン役は常に死に直面します。死なずにミッションコンプリートするために雪村は神経を集中させます。周囲に気づかれずにマネキン役を回収する回収役もまた難しいミッションです。8人はそれぞれの思惑で、他のメンバーに反目したり共闘したりしており、雪村は誰が信じられるかわからない疑心暗鬼のなかに置かれます。

何回かゲームをすると、8人のうちのひとりが「強いメダカ」に選ばれて運営側にまわります。雪村は、ゲームプレイヤーから抜け出せても、運営に取り込まれて、ゲームからは抜けられないのか、と歯ぎしりします。

残った7人は、対戦方式でゲームを行うことになります。負けたら殺されるのでは?と恐怖と戦う中でも雪村は勝ち進みます。最終決戦が雪村、小玉、もうひとりの大熊との間で行われる予定になりますが、大熊がなにかを運営に仕掛けて、ゲームはキャンセルされ、今までに負けたメンバーも含めて全員がゲームから開放されます。

しかし、納得のいかない雪村は、大熊が残したメッセージを頼りに、運営の首謀者にたどり着きます。首謀者は巨大IT企業のベルベット社のCEO、雪村を一方的に愛する同級生男子、黒木の父でした。黒木の父の座右の銘でベルベット社の企業理念は、スムーズな社会を作ること。優秀なのに、力が強いだけのクラスメイトに隷属させられた経験を持つ彼は、脳と身体のマッチングを行って、優秀な人材が優れた体格を得ることでスムーズな社会を実現しようとしていました。マネキンゲームはそのための実験の一環だったのです。

黒木の父は、雪村のことは息子の頼みで事故から蘇らせたといいます。息子はちょっとしたことから雪村に惹かれ、事故にあった雪村を生き返らせるために親に頼んで雪村をマネキンゲームに参加させたのでした。雪村はマネキンゲームでもよい成績をおさめたので、黒木父は今後はマネキン側でなく「強いメダカ」として運営に加わらないか、と誘ってきます。既に強いメダカとなっていたかつてのゲーム仲間からメモを受け取った雪村は、黒木父の申し出を受けます。

ある日黒木父は、自分は辞任して長男にCEOの座を譲ると発表します。その発表をしたのは黒木父の身体を借りた長男。雪村のクラスメイトである次男や自分が集めた「強いメダカ」たちのクーデターにより、CEOの座を奪われたのです。雪村が受け取ったメモには「内側からベルベット社をかえよう。今は申し出を受けたふりをして欲しい」と書いてあったのでした。

雪村は体操選手として技を磨きつつ、ベルベット社の持つ強い力を正しく動かすことを考えています。

この作品に惹かれたのは、雪村のナルシストぶりです。体操選手として美しい筋肉を持つ自分を美しく保ち、研ぎ澄ますことが雪村の望みです。単なる自分好きでなく、ストイックに美しい自分に対峙する姿勢が面白いです。そんな自分が事故にあってしまった。手は千切れ、背中も変なふうに曲がってしまった…はずなのに目が覚めてみたら意外と動ける。と思ったら縁もゆかりもない女性にかわってしまっていて、そこにスピーカーから、あり得ないメッセージが流れる、という状況を経て「ゲームに勝って美しい自分を取り戻す!」と誓うという展開に、心を鷲掴みにされてしまいました。

そして一見なんでもなさそうなスケジュールを提示され、蓋をあけてみると恋人とデートしなければいけないというシチュエーション。ストイックでかしこいとはいえ、高校1年生の雪村が、名前すらわからない恋人とデートする女性をこなすのは大変なことです。しかも恋人は実はモラハラ男。観覧車のてっぺんで襲われるところは本当にドキドキしました。ここで生きてきたのは、体操選手としての類まれな身体能力。普通だったら観覧車の枠組みを伝って女性が男性から逃げるという無理ゲーが、無理なく展開されました。でも後から考えると、このときの回収役ってほんとに大変でしたよね。人がたくさんいる遊園地で、人がたくさんいる観覧車の骨組みに引っかかって気を失っている大人の女性を回収するってとんでもないことです。

リカコのお話がおわったときはホッとして、これで元の雪村に戻れる、と思ったのに、目覚めてみたらまた別人で、雪村だけでなく読者としてもとってもショックでした。少年になった雪村でしたが、少年が死の危機に遭遇する理由があまりに理不尽で、たまらなかったです。でも隣のお姉さんによるこの犯罪は何故だかコミカルに描かれていておもしろかったです。

次のお話では、能天気な男性のだらしない女関係のせいで、中に入った雪村が苦労する話でした。後の黒木父の解説によると、ベルベット社はIT企業として、あらゆるデバイスから人々の個人情報を集めまくっていて、その中から恣意的に、殺人事件に発展する可能性があるものを選んでいるということで、決して絵空事だけではない、スマホやタブレットやPCや家の中のWi-FiとかBluetoothとかでつながっている機器から情報を集めようと思えばいくらでもできそうですよね。情報量が膨大すぎて実際に管理するのは大変そうだけど、その解析にも指向性を持たせてAIで「なんか」したら、なんかほんとにトラブルをはらんでいる人間関係は抽出できちゃいそうな気がします。それがお金にならないからやってないだけで。

ゲームにかかわっているのが、歳もそうかわらなそうなメンバーたちで、それぞれ思惑がありそう、というところもワクワクしました。特に小玉さんはルックスも可愛くて人柄も良くって読んでいて楽しかったです。他のプレイヤーたちも魅力があったし、運営側のおさむもよかったです。おさむがベルベットの社内をアロハにサングラス、タオルを首に巻いた姿でうろつくのは笑えました。…と思ってよくみると、タオルを首に巻いてるわけじゃないのかな?なんか謎な姿でした。ベルベットは自由な社風なのでしょうか?

そういえば、フルカラーなのもこの作品の特徴でした。フルカラーって、モノクロだったら白い背景のところを無意味にカラーの模様にするような作品もみたことがありますが、この作品ではそんなこともなく、適度に背景もあって自然な感じでよかったです。雪村がマネキン役をやるといつも、入れ替わる相手と一緒に暗い空間に一緒にいるシーンがでてくるのですが、そのシーンも印象的で好きでした。

「強いメダカ」というのは、かつて実験で宇宙にメダカが連れていかれたことがモチーフになっています。孵化するまでの期間が短いメダカが、宇宙での繁殖のヒントになりとして、数ある生き物のなかから選ばれて連れて行かれたそうなのですが、普通のメダカは無重力になると同じ場所をグルグルと動き回るルーピングという行動をしてしまうのだそうですが、強いメダカはそれをしない、だから実験体として適している、ということだそうで、このお話では、優れた頭脳と適合性があって過酷なマネキン役や負担の大きい回収役を難なくこなせる優れた人、という意味合いで使われています。雪村は、自分の意志で身体をコントロールし、ゲームをコンプリートするためのは冷静に思考して、できるだけリスクを抑えて、ひとつひとつのアクションの効果を最大にすることを考えている高校1年生なので、その冷静なところが面白かったです。

このゲームの行方、ゲームに利用された人々のその後なども気になりますが、やはり一番気になるのはこのゲームの運営の意図でした。そういう意味では、運営のトップである黒木の父の意図がさらっと語られたのはちょっと物足りなかったです。巨大企業ベルベットの限られた、とはいえそこそこの人数が関わっていそうなこのプロジェクトを、大熊や雪村の連携と努力で少しずつ切り崩して秘密を明かさせる下りは見てみたかったです。多分、それをやってしまうと作品のテイストが変わってしまうので敢えてやらなかったのだと思います。

石川さんの絵は、まつげバサバサなところとか、私の印象にしっかり残る絵で、とても好きです。以前感想を書いた『私のクラスの生徒が、一晩で2人死にました』の方がより特長がでている気がします。黒脳シンドロームのほうが前の作品のようなので、失礼な言い方ですが、どんどん進化しているように思えます。

巻末の後書きによると、雪村も、小玉さんも、別の作品の主人公として生まれたけれど一番合う作品を模索してこの作品になったとか。やはりいろいろ工夫なさっているのですね。石川さんの今後の作品にも注目です。

にほんブログ村 漫画ブログ 漫画感想へ
にほんブログ村

PVアクセスランキング にほんブログ村


漫画・コミックランキング


レビューランキング

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です