カイロスの猟犬

『カイロスの猟犬』は長田龍伯さんの作品です。春道はクラスメイトたちの前で幼馴染の双葉に告白しますが見事に振られてしまいます。が、教室の外で双葉に会うと、嬉しくて動揺してしまったと言われ、結局うまくふたりは付き合うことになります。

浮足立った春道は双葉と連れ立って教室に戻ります。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

教室では担任教師の岡ポーがクラス全員を惨殺しています。双葉を待っていたらしき岡ポーは双葉を殺し、春道にも銃を向けます。

1年後。一命をとりとめた春道ですが、フラッシュバックに苦しんでいます。そんな春道のもとに、「双葉を助けたければ鍵を回せ」という言葉とともに「アイオーンの鍵」が送られてきます。たまたまそばにあったカップに鍵がささって回り、春道は過去へと戻ります。

告白直後に戻った春道は双葉を助けるために奔走しますが結局は双葉は殺され、春道も瀕死の重傷を負います。療養する春道のもとにまた鍵が届き、春道は再び過去に戻り、今度こそ双葉を救います。逮捕された岡ポーは何故生徒たちを殺そうとしたかわからないが自分の役目は終わったと感じる、と語ります。

やり直しの世界で双葉とつきあい青春を謳歌する春道でしたが、今度はクラスメイト茜の母ら4人の大人が双葉を殺そうとします。また過去に戻って双葉を救った春道のもとに現れたフェイという女は、春道の目の前でいきなり双葉を殺します。

フェイは語ります。双葉とフェイは「いまから10年後」の同僚。加藤という男の下で「時間漂流者」(タイムドリフター)の研究をしています。ドリフターたちにタイムリープの力を制御させる研究をしていた彼らですが、加藤は、7人のドリフターを使って自分の判断に基づいて人の生死をコントロールして歴史を操るという野望にからめとられます。それを止めた双葉を過去で抹殺して野望を貫くため、加藤は7人を17年5カ月前に送ります。

岡ポーや茜の母はその7人のうちのふたりでした。フェイらは過去を何度も繰り返し、双葉と加藤が初めて出会うはずの12/25を、双葉が何も知らない状態で迎え、そこに現れる加藤を殺すことでしか、加藤の企みは阻止できない、との結論に達していました。そこに至るまでフェイらは何度となくアイオーンの鍵を使い、鍵は使うたびに消耗して壊れてしまい、あとは春道の鍵に頼るよりないのだ、とフェイは言います。岡ポーを含め3人のドリフターは無効化しており、残るドリフターは4人、そのうち1人が茜の母です。

春道は何度も鍵を使って茜の母の企みを阻止しますが、その結果、茜も茜の母も、茜の母が所属する宗教団体の多くの信者たちも命を落とします。春道は、双葉も茜も死なない未来を迎える、と誓い、また過去へと戻ります。

春道とフェイらは力を尽くして残り3人のドリフターを倒します。その間に春道の鍵は崩壊します。ついに、双葉が何も知らない状態で12/25を迎え、フェイが加藤を見つけて命を奪い、フェイらのミッションは完了します。

でも、ドリフターは7人いたはずでは?そう、7人目のドリフターは他ならぬ春道だったのです。春道が17年5カ月前に戻ったとき、彼はまだ無垢な新生児。そのため、加藤からの「双葉を殺せ」という司令は受け継がれず、それでいてタイムドリフターの潜在力は失われず、アイオーンの鍵を使って過去に戻る力は使うことができたのでした。

加藤が排除された中、フェイは「あと1回分」になった自分の鍵を回します。実は、「10年後の時間」の中でフェイは春道を愛するようになっていたのです。今まではミッションのために、春道が双葉と恋仲になるのを見守ってきた。でも加藤がいなくなって脅威がなくなった今。フェイは、最後の鍵を自分だけのために回します。

告白したら盛大にフラレてしまった。でも誰もいないところで今度は彼女から告白してくれた。表紙とはそぐわないハッピーストーリーが始まったと思った瞬間、ダークな物語が始まります。画面一杯の、クラスメイトの惨殺死体というショッキングな絵を伴います。それにそぐわない明るい素振りの岡先生の姿が、読者のショックを増長します。

そしてアッサリと殺されてしまう双葉。ショックがさらに積み重なります。そこで半ば廃人と化した春道がでてくるので、これからどんな重く辛い鬱な話が始まるのかと、気が重くなりながらも、目がはなせずそのお話の行方を追ってしまいます。

そこに出現するのがアイオーンの鍵はです。きらびやかな箱に入れられた壮麗な鍵。後でわかったところによると鍵の姿はイメージからくるもので、実体はありません。しかし、鍵には寿命があり、使用を重ねると劣化していきます。フェイとその仲間が5人目、春道が6人目のドリフターの相手をしている間は、その状況もドラマチックで壮大で、鍵の使用状況も切羽詰まっています。実はアイオーンの鍵を使って戻れる過去には制限があります。最後に使った時点で戻った過去より前の過去には戻れないのです。

この鍵の制約によってもたらされる緊迫感は、クライマックスだけではなく、茜の母が双葉を連れ去る際にも上手く使われます。どうにも手段がなさそうな状況の中でも、親友に連絡して効果的に危機を脱するなど、春道の機転は素晴らしいです。というか、長田さんのお話の構成が凄いです。

タイムドリフターである北千住との死闘のなかでは、ちょっとしたセリフで、ほぼ殺されてかろうじて鍵を回して何度も過去に戻り、一瞬一瞬を計算し尽くして、双葉と自分が生き延びる道を慎重に選んでいることがわかります。双葉が死んでしまい自分もほぼ死にかけるという辛さを考えると途方もない時間を、春道は過ごしていることになりますが、その途方もなさがしっかりと表現されていると思いました。

タイムリープを繰り返すことで最悪の事態を避ける、という話は、めずらしいものではありません。それに伴う切迫感の現れも珍しくないと思います。『僕だけがいない街』もそうです。でも、カイロスの猟犬、アイオーンの鍵、というキーワードが彩りを添えていて、このお話独特のカラーがでていると思います。

ちなみに、Wikipediaによるとカイロスは「チャンス」を意味する青年神、アイオーンはある期間の時間、人の生涯といった意味だそうです(かなりはしょっています)。このお話では、双葉を狙うタイムドリフターがカイロスの猟犬なので、チャンスと言われると「?」と思いますが、カイロスの見た目は前髪が長く後頭部が禿げている美青年だそうで、一度過去に戻るとそれ以上の過去には戻れない、という性質を考えると、それはそれで合っているような?うーん、でも過去には何度も戻ってやり直すことはできるから、チャンスが1回だけなわけではないんですよね…難しい。私が理解していないだけで、「カイロスの…」と言えばこういう意味、みたいのが、ギリシャ神話に詳しい方や、いろんなマンガ、アニメ、ゲームに詳しい方には共通理解としてあるのかもしれません。アイオーンの方は時間の概念を含んでいるということでしっくりきました。最後のフェイの「私のカイロス時間だ」というセリフは「チャンス」に置き換えてしっくりいきます。

あらすじには入れませんでしたが、茜と茜の母のエピソード、茜と田所(茜の幼馴染で春道の親友)とのエピソードもしっかりしているし、茜の母と3人の男性(茜の母が信仰する新興宗教の信徒たち)、教祖、刑事たちのキャラも魅力的です。特に刑事たちは最初からクセがあって、彼らが非常に優秀なカイロスの猟犬として振る舞う様は圧巻です。3巻という限られた巻数の中で、盛りだくさんな内容でした。

タイムリープもので問題になるのはタイムパラドックスです。そこに触れずに物語を進行させる話は多いのですが、この作品の中では、春道が過去に戻るときの描写からすると、春道と一緒にその世界が消滅するのではなく、春道だけが時空の中に吸い込まれていなくなっているように見えるので、そのまま枝分かれした未来が続いていそうな感じもします。ラストシーンも、フェイが消えた後、フェイの仲間の記憶は途切れず、フェイの姿だけが過去に消え去って、仲間にとってはその時間軸が続いているように見えます。そこはちょっとこわかったな。

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