呪う女

『呪う女』は長崎さゆりさんの作品です。美保子は自分を非常に高く評価していて、自分より幸せそうな人を許せないタイプの女性です。

友人が彼氏の話をすると別れたほうがいいと主張し、大手デパートの採用試験に落ちると会社に抗議の電話をかけ、内定をもらった友人には内定取り消しにあうかもしれない、と不吉なことを言います。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

美保子は地元のショッピングセンターに勤めますが、押しつけがましい接客態度が災いして評価されません。不満を抱えて飲んでいた居酒屋で周囲の会話に耳をそばだてた美保子は、酒屋のオーナーの息子だという冴えない大人しそうな男をみつけて積極的に話しかけます。職場で評価されないなら個人商店の跡継ぎと結婚して自分の城をもてばいい、と思ったからです。

結婚式の受付に呼ばれた友人たちは、美保子が結婚退職したことにビックリです。美保子が人の行動にケチをつけるのは、単なる悪口を超えた「呪い」だと友人は評価します。人が幸せにならないことが、美保子を満足させるので、不幸を招くように呪いをかけているのだというのです。

そんな美保子は、夫の両親の酒屋を好き放題にし、おしゃれな品揃えと陳列を誇りますが、意に反して客は減る一方です。美保子は客を覚えることには長けていて、店の前の通りすがりの人を目ざとく見分けて、店を飛び出して「こないだ買っていったアレ、よかったでしょ。コレも買ってよ」と勧めたりして空回りします。近所の人は、美保子のそんな強引さや人を見下した態度がいやで寄りつかないのですが、美保子にはそれがわかりません。

ある日義父が亡くなると生命保険が入り、美保子はそれを元手に店を改装します。改装しても美保子自身が変わらないので客は寄りつきません。義母も亡くなり、再び改装しますが当然店は流行りません。美保子は、自分ではなく周囲がおかしいのだとの妄執をつのらせていきます。家族が亡くなる度に保険金を使っていると思しき美保子に、近所の人たちは違和感を覚えます。

不景気になってデパートが倒産すると美保子は「私を採用しなかったから」と喜び、ショッピングセンターが火事になって人死がでると「私を評価しなかったから」と高笑いします。

そんな美保子の夫はギャンブルで多額の借金をつくり、返済を迫られて「店を燃やして火災保険をとり、あいつも殺して生命保険を手に入れよう」と考えます。

まだ未成年の息子は万引きしたものを友達に売ってカネを作っています。ショッピングセンターに放火したときは、文字通り火事場泥棒で荒稼ぎしました。小遣いをくれなかったばあちゃんのことは階段でつきとばして死なせ、そんな自分を誰よりも賢いと自慢し、小五月蝿い母のことも見下しています。

今日も美保子は人の不幸を愉しみ、周囲を呪っています。そんな呪いは跳ね返り、夫と息子の黒い想いが美保子に向かいます。

長崎さゆりさんは、哀しくなるような人の見栄や、ゾクゾクするような悪意を描くことに長けています。『アラフォー花道』は、見栄から結婚することだけを決めた女性がジタバタした挙げ句に素直な気持ちを取り戻すハートフルなお話でしたが、このお話はまったく違います。人の気持ちを考えない美保子はお話の最後までその考えを変えそうにありません。

学生のときは、多くの人が夢を抱えていると思います。就職したり結婚したりして社会の中での自分の役割を認識し始めると、学生時代に抱いていたキラキラした夢に向かって自分が進んでいることを見つける人もいると思いますし、あの頃の夢は幼かったと感じて別の夢を持つ人もいるでしょう。挫折を感じて引きこもってしまう人もいるかもしれません。でも、美保子はそんじょそこいらの人間とは違います。

美保子の自信は就職したり結婚したり子供ができたりしても変わることがありません。採用試験に落ちれば、不正があったと真剣に信じます。負け惜しみで周囲に向かって弁明しているのではなく、心からそう信じているのです。押しつけがましい接客態度を注意されても、自分が正しく相手(客や上司)が間違っているとしか感じられない美保子ですが、上昇志向は誰よりも高く、自分は認められるべきだと信じているのです。そのことが、台詞、行動、表情で巧みに表現されていて、美保子の未来にいったい何が待ち構えているのか、読んでいてハラハラしてきます。個人商店を事実上のっとると、大人しい義父母も夫も自分の言いなりで、注意してくれる人もいなくなり、自分の思い込みが増長していく一方です。

美保子は地元で就職したのですが、両親やきょうだいの描写はないので、どうしてこんなに思い込みの激しい人間になったのかはわかりませんが、高校生のときには既に自己中がすぎて周囲に嫌われていたことはわかっています。自分を肯定するあまり周囲がバカに見えてしまう人は生きづらいのではないかと想像すると、ちょっとだけ美保子がかわいそうになります。おそらくどんなことがあっても絶対に満足できず、もっと上にいけるはずだと高望みしてしまうので、仮に周囲から受け入れられたとしても満足して幸せを噛みしめる瞬間などない人生なのではないでしょうか。

デパートが潰れたりショッピングセンターが火事になったりしたときは喜んでいますし、もし友人の結婚が上手く行かなかったりしても「だから言ったじゃない」と笑顔を隠さずにずけずけ言いそうではありますが、単純に他人の不幸が嬉しいのではなく、「自分と関連があった他人」の不幸が嬉しいようです。長崎さんが描く人物のゆがんだ性格と行動には説得力を感じます。長崎さんの作品を読むきっかけになったのは、思い通りにならない人生とそれに向き合って自分を認めるハートフルな描写と、長崎さんが描く美人の顔が好きだったことでした。でもこの作品では、主人公の性格がもともと悪かったのが自分の思い通りにならないことによってどんどん悪化していき、学生時代からちょっとオバサンじみていた美保子は年齢を重ねるに連れてどんどん肥って容姿が衰えていくのですが、その一連の流れがリアルで、そのリアルさに惹きつけられてしまいました。

人の不幸を願い、呪いの言葉を紡ぐ美保子の、目の下のほくろが、黒いものを吐き出しつつどんどん大きくなっていく描写、それが沢山のクモとなって美保子に纏わりつく様、顧みられず気概もない夫が借金に追い詰められたとき、夫の口からクモが這い出てくる描写が秀逸です。ホラーを読んでいるわけではないのに、背筋がゾワッとしてきました。夫の口からクモが現れるのは、美保子が吐き続けた呪いが、夫の中で積もり積もって呪詛の結晶としてでてきたことを描いているのでしょう。

自分が他人から称賛されることだけを思って活きてきた美保子には、夫の両親は勿論、夫や子供に対する愛情もなく、子供も短絡的に現金だけを喜び両親を軽蔑する子に育ってしまいました。そう書くと、私は人格は環境によって決まると思っているのかな、と我ながら思ってしまいますが、そこは難しいところです。環境と関係なく先天的に、美保子や子供は自己中で、夫は無気力でいながらいざとなると身近なものに敵意を燃やしてしまう性格だったのかもしれません。美保子は上昇志向が強い分、息子に比べたらマシな人間なのかもしれません。そんなことを読者に考えさせるのが、ストーリーテラーとしての長崎さんの迫力だと感じます。

あと、そんな美保子にイヤな思いをさせられ続けたとはいえ、美保子の結婚式の直後にゆったりとお茶しながら「私結婚するの。彼女がけなした彼とね。彼女には言わないわ。彼女とは縁をきるわ」としみじみ言い放つ友達が、地味にこわかったです。

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