予知視 1〜16巻

『予知視』は滝智次郎さんの作品です。大学生の照彦は予知ができます。予知できるのはほんの数秒先の未来ですが、自分の行動でどんな結果になるのかを複数通り予測することができます。

照彦にこの力が備わったのは高校を転校した直後。照彦はこの力を、スクラッチくじで小金をあてたり女の子を口説き落としたりするために使っています。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

その日も合コンで会ったみつきを連れ帰った照彦でしたが、みつきの押しつけがましい態度にげんなりし、ふと高校時代の恋人の奈美を思い出したりします。そんなこともあってみつきに嫌気がさした照彦は彼女を家に泊めずに帰そうとします。そこで予知をすると、脈絡なく吐瀉物が見え、照彦はとまどいます。イライラしてタクシーで送れとつきまとうみつきを振り払うと、みつきはトラックに轢かれて死んでしまいます。死体を見て思わず吐瀉する照彦。さっき見た予知はこれだったのです。

警官にしつこく話を聞かれた照彦は、起こったことより、予知に誤作動が起こったことにクヨクヨしています。高校時代からの友人の茂に話しかけられても放っておいて欲しいと思うほどです。そこにみつきの友人のしおりが現れ、みつきの死について詳しく聞きたいと言います。厄介なものを感じた照彦が予知しようとすると、また誤作動がおき、しおりはトラックが起こした事故のせいで死んでしまいます。

動揺して気絶した照彦が気づくと、病院にいて茂が付き添っています。茂は突然態度を変え、照彦の予知の能力を知っていることを打ち明けてきました。不思議な力を持つ一族がいて、奈美はその中でも強い力を持っていたため、茂は一族に言われて奈美を監視していたのでした。目立たないように一方的に監視していた茂は、奈美が照彦と付き合うようになってから笑顔を見せるようになったのを好ましく感じ、照彦に声をかけられて奈美も含めて中能なったことを嬉しく思っていました。しかし、照彦が引っ越して間もなく奈美は亡くなっていました。茂は、奈美の力は照彦に委譲されたのだろう、と言います。

照彦が家に帰ると警官が訪ねてきます。警官は照彦を怪しんでいるような素振りを見せます。その警官の口から、奈美は1年半前にこの近くでトラックにはねられて死んだこと、いま照彦が住んでいる部屋に住んでいたことが語られます。警官が自分の連絡先を渡して帰ったあと、照彦は部屋の空気が異質なものへと変わったことに気づきます。とてもその場にとどまってはおれず、照彦は部屋を出ます。

茂に電話した照彦は、奈美が死んだとき身籠っていたことを知らされます。照彦は、別れた後の奈美が、照彦の気を引くためにいろんなことを口走っていた中で、妊娠したと言われたときには「さすがに悪質だ」とキレてしまったことを思い出して自己嫌悪に陥ります。茂にも勧められた照彦は、あの警官に連絡をとります。

照彦が茂から説明を受けたと察した警官は、照彦を奈美の実家に誘います。そこで警官は奈美の過去を照彦に説明し、類まれな奈美の能力を授かった照彦から、その能力を譲り受けたいと言い出します。専用の器具を使って強引に力が委譲されようとしていたとき、照彦のイメージの中に真っ白な奈美が現れます。戸惑う照彦。

気づくと、目の前には茂がいます。茂は警官の気を失わせて照彦を奪還していました。白い奈美は、照彦を不死身にしていました。照彦は傷つけられて痛みを感じてもすぐに回復する身体になっています。茂は照彦に田島という科学者を紹介します。田島は照彦から力を奪うには眼球を取り出すしかないと言います。すると茂はその眼球を自分に移植して欲しいと言い出します。田島が断ると茂はあっさり田島を殺します。

茂はそこで初めて本心を見せます。ずっと奈美を愛していたこと。奈美に彼氏ができてつらかったが、奈美の幸せそうな笑顔をみるとそれでもよくなったこと。奈美を捨てた照彦を許せなかったこと。復讐を誓ったこと。照彦の眼球を自分に移して、そこに宿った奈美と一体化し、奈美と一緒に生きていきたいこと。

眼球を奪われた照彦は気絶し、自分の眼球をくり抜いて照彦の眼球をいれた茂の身体には、奈美の持つ治癒力で眼球が生着します。しかし、血の中に入り込んだ奈美の意志が暴走し、茂は全身から出血して息絶えます。

照彦の意識の中には、黒い奈美と白い奈美が現れます。黒い奈美は恨みつらみに凝り固まって照彦に復讐したいと思っている奈美。白い奈美は照彦を赦し、光をあたえようとする奈美。白い奈美は照彦を襲おうとする黒い奈美を抑え、照彦に「光と闇、どちらか選んで」と迫ります。

照彦はとっさに悟ります。光を選べばいままでと同じ、予知視のおかげで金にも女にも不自由なく暮らせる。闇を選べば、能力を失い、視力も失って生きていかなければならない。照彦は悩みますが、闇を選びます。

気づくとすべては終わっています。あの警官が手を回してすべていいように取り計らってくれていました。

照彦は考えます。あのとき光を選んでいたら今と違う未来はあったのか。それとも、奈美は、ずっと責任から逃げていた照彦に、決断するという選択肢を与えてくれたのか。いずれにしても、視力も能力も失った照彦の前には、いままでよりも多くの選択肢があるように感じられます。照彦は、しっかり歩んでいくことを誓います。

予知視でほんの数秒先の自分の行動結果がみえ、さらにシミュレーションしてより良い選択ができる、というコンセプトが面白くて、どんな話になるかワクワクしながら読みました。改めてあらすじを書いてみると、かなりの怒涛の展開です。ほんの数日の間にぎゅっと展開が詰まっていて、過去のお話もしっかりと充実しています。まとめると照彦くんが、思ったよりしょっちゅう気絶してました。

照彦くんは紛れもないクズです。高校生のときは奈美が好きになるぐらいだから、どこかピュアなところがあったのだと思います。奈美と初めて結ばれたときは最高に幸せで、多分奈美にとってもそうだったろうと思える照彦は、一途なところがあったに違いありません。でもおそらく、奈美とギクシャクし始めて奈美が地雷化してしまったことと、奈美の能力を知らないうちに委譲されたことで小手先で目先のことはなんとかなる人生イージーモードに入ってしまったことによって、照彦は性根が腐った思いやりのない男子になってしまったようです。

冒頭の合コンでシミュレーションするところは、みつきがろくでもない女の子として描かれているので、照彦のこともそれほどひどいと思うことはなく、予知視の能力の使い方の説明がおもしろくて読んでしまいましたが、照彦はセフレを探す目的でシミュレーションしてるので、やっていることは最悪です。ましてや、みつきと寝ながら「性格以外最高!」とか思ってるのも最低です。でもそんなことよりなによりドン引きなのは、自分が押したはずみでみつきが後ろに倒れ込んでしまい、そのせいでみつきはトラックに轢かれて身体が切断されてしまったのに、照彦は罪悪感がほぼゼロなのです。俺のせいなのか?とは思うのですが、身体がブチ切れたみつきの手をにぎって、ごめん、こんなつもりじゃなかった、と言い訳するのです。警官に「押してない」と嘘をつくのにも躊躇がないのです。あと、まさにトラックにぶつかられれいる時のみつきの顔がとっても印象に残ってしまいました。怒ってたり痛がってたり驚いてたりするのではなく、ただ何が起こったかわかっていない顔。リアルに、クルマにハネられるときってこんな顔なのかも、と思ってしまいました。

しおりが死ぬときもショックです。照彦はトラックがつっこんでくるのを察知してちゃんとしおりをかばいます。しおりは明らかに照彦にとってやっかいな存在なのに、とっさには助けるんだ、とほっとしていると、しおりは上から落ちてきた何本もの資材に身体を貫かれて死ぬのです。これはショックでした。幼い頃に読んでいたらきっとトラウマになっていたと思います。普段からグロ系を描いていらっしゃる漫画家さんなのかと思いましたが、Renta!で見る限りでは、エロ系を描かれているようです。

私はこの作品を、1冊27ページ前後の分冊版で読んでいて、1巻が発行されたときから次巻の発行を待って読んでいたのですが、3巻までにしおりが死んで茂が「僕もその能力を持っている」と言い出したところまででがっちり心をつかまれました。

二人の女性のショッキングな死の後は、奈美とその不思議な力が焦点になります。警官も茂も別の理由から、照彦のなかにある奈美の力を奪おうとしてきます。二人とも力を奪おうとする過程で親切にも奈美の過去を教えてくれます。警官は力を手に入れる嬉しさから、茂は照彦に復讐して奈美と一体化する嬉しさからハイテンションになっていて、いろいろ語ってくれます。

奈美の不幸な生い立ちが語られ、照彦視線で「地雷女」だった奈美がどういう環境に生きてきた子なのかがわかります。でも、そこでわかるのは環境だけ。奈美の気持ちはわからず、警官や茂が何故奈美に執着するのか、その切実な気持ちが伝わってきて、簡単に奈美と付き合って奈美を捨てた照彦との対比が強調されます。

奈美の気持ちがわかるのは白と黒の奈美が現れてからです。田島の機械で奈美の力を吸い取ろうとすると、機械の中を小さい人がはいずって強引に照彦の中に戻ります。霊、というか故人の意志が小さい沢山の人で表現されるのは本田真吾さんの『切子・殺』でもみましたが、私には切子はギャグ、奈美は切実なきもちに感じられました。茂の血管の中を、奈美が意識を持って流れるシーンは好きなシーンのひとつです。

最後には、照彦は奈美と直接話すことになります。黒い奈美の、寂しかった、辛かった、追い詰められた気持ちと、照彦を恨む気持ちが噴出すると、白い奈美が照彦への攻撃を阻止します。そして照彦に、光と闇のどちらを選ぶかを尋ねます。照彦は眼球を奪われているので、費か闇かの選択は照彦にも読者にもわかりやすく伝わります。目と力を取り戻して、この1年半やってきたように目先の幸せを選んでそこそこ楽な人生を歩んでいくのか、それとも奈美のネガティブな想いも受け止めて、視力も力も失っていきていくのか。

そこで照彦は選択します。スクラッチくじで遊ぶ金を調達し、好きでもない顔やスタイルがいいだけの女の子と寝まくって人生イージーモードを謳歌していた照彦は、やっぱり力に浮かれていただけでした。ちゃんと奈美のネガティブな想いを受け止めて、自分の人生をしっかり歩んでいこうと決めた照彦。視力を失ったことでハンデがついたにも関わらず、照彦はいままでよりも人生の選択肢が多くなったと感じています。奈美と付き合って、結ばれた時が人生で最高に幸せだった、あのときのピュアな気持ちは、いまの照彦の中にちゃんとあったのです。

合コンでセフレを探すだけのイヤな男子が、自分はちゃんと深い愛情を持った男の子であることを証明するお話でした。

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