針の眼

『針の眼』は田村由美さんの短編で、1999年の作品です。憂子の彼氏はイケメンのモデル、灰原四季。ヘビースモーカーで、ひっきりなしにタバコを吸っています。

四季はいつもタバコをポイ捨てします。あなたは人の前に立つ人なんだから、と憂子がたしなめても四季の癖は直りません。

ここから先は、ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

あるCMに起用されたのをきっかけに四季は売れ始めます。大女優の北条浮世に目をかけられて相手役に抜擢されます。売れた四季は新築マンションに引っ越します。隣は山崎という落ち着いた中年婦人。片目に眼帯をした美しいけれど固い表情の娘がいます。

売れていくにつれ、四季は憂子のあらが見え始め、憂子を捨てます。すると周囲で嫌がらせが起こるようになると同時に刺すような視線を感じるようになり、四季は憂子の視線と仕業だと決めつけます。浮世と一緒にドライブしようと買った新車もボコボコにされ、憂子を殴った写真が表に出て、四季は浮世に去られ、芸能界も干されます。

そんなとき、山崎は慰めるふりをして四季を監禁します。娘の片目は人混みの中でタバコの火が目に押し付けられて失明したもの。娘はしっかりタバコの持ち主の顔を見ていて、CMをみたときに四季を特定しました。山崎はそれから執念で四季の隣に住めるように頑張りました。

女優だった山崎は不倫の果てに妊娠して捨てられましたが、美しい娘を女優にして不倫相手と共演させればまた彼の心を取り戻せると信じていました。角膜をもらっても治せないと言われた娘の眼ですが、アメリカとかどこかにいけば、かわりの眼があれば、きっと娘は治って女優になって、そして自分は彼と再び一緒になれる。「眼をちょうだい」と山崎が言ったとき、憂子が四季を訪ねてきます。助けを求める四季を前にして、憂子は山崎に「この人には愛想がつきたからどうでもいい」と言って去ります。

四季は、憂子はそう言って山崎を刺激せずに警察を呼んでくれるのだ、と解釈しますが、憂子は交番の前を素通りし「手間がはぶけた」と、川にナイフを捨てます。

助けが来ない中、山崎は四季の眼にアイスピックを突き立てようとします。そのとき四季は気づきます。ずっと感じていた刺すような針の視線は、片目を失った、山崎の娘のものだったのです。

ちょっと前には『ミステリと言う勿れ』がTVドラマ化された田村さんの昔の作品です。『ミステリと言う勿れ』は整くんの怒涛のようなウンチクが面白いですが、そのウンチクが「あ、それアタシが思ってるのとちがう!」というときもあって、そんなところも好きです。ドラマは見てなかったけど、菅田将暉さんも好きな役者さんなので、観たらきっとおもしろかっただろうな、と思います。

1999年の作品ということでかなり絵柄は変わっていますが、みていると当時の流行りの絵柄だったような気がしてきます。当時のほうが好きだという読者さんもきっといると思いますが、私は今の柄柄のほうが好きかな。でも、鋭さのある絵には若さの勢いも感じるし、昔の絵柄も魅力があります。

最近、長崎さゆりさん(2020年に亡くなってしまいましたが)の作品や、江口心さん&とらふぐさんの『ワタシってサバサバしてるから』とか『SNS狂の女 』とか『ある日、ブスになった。 転落した元美人は手に負えない』とか、主人公に好感を持てないのに読まされてしまう作品って多いな、と思っていて、それは最近の傾向なのか、昔からそういう作品も多かったのか知りたいなあ、と思っていたのですが、この作品も、性格に難ありのイケメン男性主人公のお話です。やっぱり結構前から、感情移入ができない人が主人公の話ってあったのですね。小野双葉さん、坂元勲さんの1990年代の作品も似たようなテイストがあるかもしれません。

四季くんが平気でタバコ片手に街を歩いたり火のついたままのタバコをポイ捨てしたりするのは時代を感じます。と思っていると、まさにそれがお話のキーになっていました。歩きタバコを非難するときに、子供の目の高さに火がくることもあってとても恐ろしい、というのは定番だと思いますが、実際に子供が失明したケースが報道されたことはないようです。この作品では、誰でもが気になることをモチーフとし、片目を失明した子供の視線をテーマにしたのはあざやかだと感じました。

ただ失明させられた恨みだけでなく、短編の中に「妊娠して捨てられ、女優の道も絶たれた、それなりの雰囲気を持つ女の、『これさえうまくいけばまた元の状態に戻れる』という妄執」と、人生を台無しにされた美しい少女の憎しみがギュッと凝縮して表現されているところに息をのんでしまいます。同時に、彼氏が売れたらあっさり棄てられた憂子の気持ちも、くどくどと説明することなく鮮やかに表現されています。

憂子が四季を見捨てても助けようとしても、どちらでもお話は成立しそうです。助けようとするけど間に合わないお話だとしても結構好きですが、その場合は四季くんではなく憂子を主人公にしたほうがさらにいろんな狂気が表現できて面白いかも。お腹いっぱいになりすぎちゃうかな。

浮世のキャラも、芸能界の浮き沈みを端的に示していて魅力でした。車をボコボコにされる四季は被害者なのに、こんな目に合わされるアンタってホント、ダサい、ガッカリだわ、みたいな浮世の態度は最高だし、元カノ暴行の記事発覚をきっかけにあっさり離れていってしまうテンプレ展開も、数少ないコマで表現されていてよかったです。

難癖をつけるとしたら、憂子の最後の振る舞いかな。なんでわざわざこのタイミングで四季のところに来て復讐しようと思っているのかっていう…あの視線はやっぱり単純に山崎の娘の憎しみの眼だっただけじゃなくて、憂子の憎しみも入っていた、と解釈すべきか?いや、それだと最後のセリフが映えないな…難しいところですね。解釈するのは読者の自由ですが、田村さんは見事なドロドロストーリーを展開してくれているので、あっさり味にも濃い味にも、どちらでも読者が好きなように読めるのがこの作品の素晴らしいところです。

山崎の目的が四季の命じゃなくて眼だというところもゾクゾクします。眼を取られることで四季はひどく苦しむだろうし、その後殺されるとしても一筋縄じゃ死なせてくれなそうだし、山崎は狂気に達しているし、娘は針のような視線を送っているし、どうなるか…余韻たっぷり、妄想たっぷりのすごい作品です。

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