『三億円事件奇譚 モンタージュ』は渡辺潤さんの作品です。小学生のヤマトとミクは、学校帰りに深い傷を負った人物に出会います。彼はヤマトに「お前の父親は3億円事件の犯人だ」「誰も信じるな」と言います。
ヤマトとミクは警察に届けますが、3億円のことは二人だけの秘密とします。時を同じくして父は失踪して遺体が東京湾に上がり、ヤマトはミクの家で育てられます。
ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
以下のあらすじは、漫画とは時系列が全く異なります。
1968年、川崎雄大と小田切和子との間には子供ができます。しかし臨月の和子は機動隊と学生運動家のデモに巻き込まれ、緊急出産し、命を落とします。雄大は軍艦島で一緒だった幼なじみの警察官、沢田に運動家など都内ローラー作戦で撲滅してしまえばいいと示唆します。沢田はローラー作戦を上奏しし、雄大らを使って3億円事件を起こしてそれを利用してローラー作戦を実行します。そう、3億円事件は警察が主導した事件だったのです。実行犯には雄大の他に、竜、保がかかわっていました。
和子が産んだ息子、武雄は施設に預けられ、雄大は整形して氏名を変えて鳴海として武雄に寄り添います。沢田は関口弘美という女性に、無戸籍児童の欽一と二郎を育てさせます。また、弘美が産んだ父親がわからず、施設に預けられていた葉子という娘が、実は自分の娘であることをDNA鑑定で突き止めます。
ときは経ち、武雄と陽子は結婚し、娘の未来(ミク)が生まれます。武雄の親代わりとしてそばにいた鳴海は、触発されてつきあっていた女性と結婚し、大和(ヤマト)が生まれます。女性は高齢時出産に耐えきれず、命を落とします。
鳴海のもとに、金が欲しいと保が現れますが、争いになった結果、運悪く保は命を落とします。鳴海は沢田と会い、3億事件の証拠となる500円札を燃やして決別を図り、沢田の手足となっていた関口に殺されたとみせかけ、失踪します。保の息子の泰成は3億円事件の犯人たちを親の仇として狙います。
そんな背景で、高校生になったヤマトとミクの前から、ミクの両親が姿を消します。ヤマトとミクは手がかりを追って軍艦島の3億円を手に入れることになります。ところが関口二郎の陰謀よって二人は殺人犯として手配されることになります。
様々な人との出会いがあり、紆余曲折があり、最終的に沢田は世間に自分が3億円事件の首謀者だと告白し、泰成に殺されます。関口兄弟は相討ちで命を落とし、ヤマトは父である川崎雄大と自分が死ぬことでしか、3億円事件によるゆがみを正せないと思い詰めて自死を図ります。
その後、病院から失踪したヤマトを、ミクは待ちます。ヤマトはミクの家の前に記念の品を置き、ミクは「おかえり」と涙を浮かべます。同じ頃、ヤマトは軍艦島にいて「ただいま」とつぶやきます。
渡辺さんの作品には『クダンノゴトシ』で初めて出会いました。クダンノゴトシも壮大なお話だったのですが、この物語も壮大です。複雑で目まぐるしく大胆に展開するこのお話のあらすじをどうまとめていいかわからず、肝心な3億円事件の、このお話における真相を紹介してしまいました。
とにかく壮大なお話で、軍艦島がモチーフに使われているのもとても印象的でした。主人公のヤマトが小学生のときに会った、殺された刑事の言うとおり、誰も信じることなく、でも委ねなければならないとことでは大胆に身を委ねつつ荒波のような人生の節目節目で賢く選択し、行動していくのが頼もしく、魅力でした。作中何度か言われていますが、誰も信じない中でたったひとり、ミクを信じていることでヤマトが冷酷なだけの人間になることなく、人間味を持ち続けているのもよかったです。
登場人物は多彩で、誰もが魅力的です。殺人事件の重要参考人として手配されたヤマトとミクを助ける夏美、警察官としての情熱を燃やす水原、ミクと親友になるあきら、鋭い洞察力を持つ真玉橋、40年経っても竜の生還を信じる響子。欽一と二郎の双子を拾い、DVの夫に怯えながらも二人を愛して守りたいと願っていた母。見るからにむしずがはしる泰成の義父の鈴木。二郎に利用され要らなくなると殺されてしまうチンピラ。夕張でミクの両親を監視するチンピラ二人と元ボクサー、快楽殺人犯の朝霧、人柄が最低な警視正、須黒。あらすじにいれられなかったけれど重要な働きをしたり印象的な人物が、ざっとあげただけでもこれだけでてきます。他にも読み終わって印象に残っているキャラクターは多く、渡辺さんの人物描写とストーリーの巧みさに舌を巻きます。
途中、沖縄へのフェリーで現金盗難事件がおきて、そこだけ高校生名探偵ものっぽくなってたりしたのも面白かったです。そこに出てきた人物の一部が、ストーリー自体の重要人物として活躍するのも面白かったです。
二郎は最初から加虐的でゾクッとします。この先読み進めるのが怖い、と思う人物でした。最初のうちはずっといなくなってくれないかな、と思ってたのですが、だんだん、読者にとってもなくてはならないキャラクターになっていきます。母のメッセージを事件のファイルの中に見つけ、殺す必要はなかったと知るシーンは切ないです。夏美の母との情事とか、みていると胸が悪くなるのですが、夏美には手を出さず(結果的にそうなっただけですが、ミクを汚すこともなく)、夏美のような強い人間になりたかったと、告白するシーンでは胸が熱くなります。二郎が最初に現れてから、なんと長い旅をしてきたのだろう、と読者としても思ってしまいます。
最後にもつれた糸を裁ち切る、というか、濁った水を入れ換えるようにして、ヤマトが父と自分の死を決意したのは、正直よくわかりませんでした。父さんは犯した罪を償わなければいけなかったかもしれないけど、ヤマトは?死ねばキレイになるっていうのはどういうこと?ミクを女性として愛しているのに付き合ってはいけない叔母と甥という関係だったことがヤマトにとって重大過ぎた?ちょっと私の心の機微が足りないようです。
そういえば、響子は逮捕されましたが、「逃亡犯を隠秘した」という罪は、その逃亡犯の罪が冤罪だったことがわかった場合にはどうなるのでしょうね?そして、ミクもヤマトも今後「盗んだ3億円で育てられた」という汚名を背負っていかないといけないのかな、と思うとちょっと辛いです。
3億円事件を扱った漫画は、『府中三億円事件を計画・実行したのは私です。』と『アンラッキーヤングメン』を読みましたが、どれもよみごたえがあって面白いです。この作品は、親子3代に亘る話になっていて、3億円事件の当事者の子供や孫が活躍する話になっている点、そして3億円事件そのもの以上に深刻な事件の連鎖を巻き起こしているところが特徴的です。とっても面白かったです。