『グッド・ナイト・ワールド』は岡部閏さんの作品です。物語は、ネットゲーム「プラネット」で最強と呼ばれる4人組「赤羽一家」の紹介から始まります。
ギルドとは異なる、それぞれ単独の4人が集まり、父、母、兄、弟としてアジトを構えています。弟の数値は弱々ですが、4人の編成でどんな強敵も倒します。今は、現実世界で2億円のかかった、幻の黒い鳥を狙っています。
ここから先はネタバレしているのでご注意下さい。

赤羽一家は、全方面の数値が限界突破していて、いつも隙のない紳士の装いと美しいヒゲをたくわえた父の士郎、ヒーラーに特化して限界突破している庭の草木の母のメイ、戦闘能力が突出したイチ、全方面で弱いけれど明るい性格でかぞくに愛される弟のあああああ(通称アーくん)で構成されています。ちなみに、弟の名前がいい加減なのは、いままでオンラインゲームに触れてこなかったプレイヤーが、名前のつけ方もわからず、適当につけたからです。
イチはもともと主に一人で行動し、公式のモンスターたちだけでなくほかのプレイヤーをも殺害する荒れたプレイをしていましたが、赤羽一家に加わってからは、落ち着いて、疑似家族との会話を楽しむ目的もあってゲームにログインしています。
イチの本名は太一郎。4人家族の長男です。いえ、5人家族です。末娘のアヤが命を失っているからです。妹がいなくなって以来、太一郎の家庭は崩壊しています。もともとコミュニケーションにひどく不器用な父は、子どもたちとの付き合い方が以前にも増して苦手になってしまっています。母は娘の喪失から立ち直れず、子供っぽい服装でネカフェを渡り歩き、めったに帰宅しません。次男の明日真は優等生として通学し、家に戻っても家族とろくに会話しないまま部屋にこもりきり。太一郎はニートのひきこもりです。外界との接点を持てません。
赤羽一家での家族とのふれあいに居場所を見つけている太一郎ですが、その実、赤羽一家は、現実では断絶している本物の家族4人が、信頼と優しさでつながっている、本当の家族なのです。

太一郎は明日真には気後れして距離を感じ、父を憎みながらも、父の孤独な背中にはどこか哀れみを覚えています。時折、その気持ちが表面にでてくると、不器用に父に歩み寄る姿勢をとるのですが、父も不器用。何もかもうまくいきません。
ゲームの中では、赤羽一家が、ひょんなことから数多くのギルドから宣戦布告され、4人はその対処に当たらざるを得なくなります。その過程で、イチの心をほぐして現実でイチと会って繋がりたいと願う少女、ピコ船長がいたり、ピコ船長を慕うプレイヤーたちが彼女の本心を理解したり後押ししたり、その中にスパイがいたりしてピコ船長の意外な正体が暴かれたり、父の現実における仕事がこのゲームの根幹に直結していたり、ゲームでの死が現実での死に直結する事象がおきたり、様々な出来事が起きて、イチや読者の心を揺り動かします。
最終的に、このオンラインゲームは現実の全人類に影響を及ぼしてしまうことになり、その問題を解決しようとする根源のなかで、アヤの存在も大きな鍵となります。
いやあ、面白い!バーチャル世界と現実の世界がどちらも鮮やかに描かれていて、ゲーム内での死が現実においても死となってしまう仕組みなども、無理なくスムーズに語られており、もう夢中になって読めました。太一郎があああああの正体に気づいたり、それをきっかけに明日真と太一郎がお互いを思いやっている気持ちが露呈したり、実は父がこのゲームの設計者だったり、父は読者が期待する以上にホンモノのコミュ障だったり、ぴこちゃんの正体だったり、、、何もかもがスッキリと片付いて家族が思いの丈を披露しあって手放しで幸せになれる、というわけではない世界観もしっくりきます。
私は、ゲームを初めてやってみたのは相当遅くて、誰もが知ってる(みたいに私には見える)マリオもやったことはありません。ファイナルファンタジーVIIがリリースされてからかなり経った時期に、「失恋してつらいー。どうやって時間を過ごしたらいいかわからないー」と嘆いていたら同僚に「では、ゲームをしたらどうでしょう?」と勧められたのが、RPGをやり始めたきっかけです。FFとか幻想水滸伝などにすごくはまって、キングダムハーツにどはまり。あとはみんなのGOLF。どのタイトルも、何度も何度もプレイしました。歴代PS、PSP、DS、3DS、Wiiを買って、Wii Sportsも楽しみました。ドラクエは何故かはまらず。が、ある日突然急に飽き、まったく興味がなくなりました。
オンラインゲームは、リアルではない場所で他人と会話することに「全然イメージがわかない」という理由で、手をつけませんでした。ゲーム内で出会った他人と雑談するイメージがわかないのはもちろん、敵を倒すときに足手まといになるのが怖いのです。
というわけで、私は「ネトゲ廃人」は理解できるのですが、「実生活ではコミュ障だけど、ネトゲでなら自信を持って振る舞える」は理解できません。多分、ネトゲのスキルに自信があるから、誰とでも自信を持って会話できるんでしょうね。
イチはその典型みたいで、赤羽一家と出会う前にピコ船長とも親しくなるのですが、ピコちゃんが実生活で会ってみたい、と言ったとたん、その関係が重荷になります。ピコちゃんも実生活では暗い学生さんということになっているのですが、実は、このゲームのなでの役割によって、実生活でイチに会うことは叶わないません。ここらへんの設定も、オンラインゲームをやる人にはもしかしたら予測できるのかもしれないのですが(あと、普通にサスペンスに詳しい人でも想定できるのかも)、私にとっては新しくて、ピコちゃんの動揺も、イチの驚愕も、新鮮でした。
太一郎が、「アーは明日真だ」と気づくときは、わりと早くやってきます。太一郎が明日真に「プラネットをやってるのか?」と尋ねると、明日真は認めるのですが、楽しいかどうかを問われると、否定します。傷ついて、たったひとつ見つけた居場所も偽りだったかと落ち込む太一郎ですが、明日真はすぐに、ごめん、カッコつけてた、本当は楽しい、と認めてくれるので、太一郎も読者も幸せになります。アーくんは名前だけでなく服装も超手抜きです。読者は、明日真くんが、お兄ちゃんを理解したくて触ってみたのかな?と容易に想像できるので、兄思いな明日真に心を動かされます。そこから、太一郎もそれまでの絶望から少し解放され、ゲームの中で起きる出来事に集中していきます。心を動かされるのは読者も一緒で、ムリなく、ゲーム内の不穏な動きに集中できます。うーーん。おもしろい。
そして、物語が進んでも、赤羽一家のメンバー全員のすべてが癒されるわけではないところも、読んでいて身につまされるところです。アヤちゃんの死をきっかけに壊れてしまった家族の絆や、家族それぞれの傷は、アヤちゃん以外の家族によって代替的に回復できるものではありません。娘が、あるいは妹が亡くなってしまったという事実は、親たちにとっては、太一郎や明日真という「ほかの子供」の存在では、決して忘れることはできません。父母にはそれぞれの結末がまっています。
一方で、妹を失った太一郎と明日真の2人は、両親の気持ちに触れると同時に、兄弟間での絆を強化できたことによって、大きく前に進むことができたような気がします。これを、岡部さんがどの程度意識なさってお話を構築しとぃるのかはわかりませんが、私には、親子間の愛情と兄弟間の愛情が描き分けられているように思えました。私がそう感じるのは、親は子供を育てるものだが、子供はいずれ巣立って、他人を伴侶として迎え、伴侶と共に親になっていくものだ、伴侶を迎えない場合でも、独立して自分の居場所を新たに築くものだ、と思っているからかもしれません。
結局は「愛してる。失いたくない。」という意思をストレートに示す太一郎に対して、最後まで言葉足らずに自分の決断をする父の姿には、親は、子供が居場所を築くのを見届けたら、また自分と伴侶、または自分に、集中するのかな、と感じました。アヤちゃんは、そうなる前に、子供のまま去ってしまったから、お父さんとお母さんは、一生アヤちゃんを見送ることはできないのだ、とも思いました。
表紙を見た時の第一印象は、原作 成田良悟さん、作画 藤本新太さんの『デッドマウント・デスプレイ』のような作品なのかな?でした。全然違いました。でも、どちらもとてもおもしろい。ラストの後日譚で太一郎と明日真がそれぞれ充実していそうなのにはホッコリします。ラストの思わせぶりな描写もグッド。
強いて言えば、この物語のなかで、母の存在が、ややうすいものに思えます。メイさんは圧倒的なゲーム経験から、十分に強い攻撃力も備えてはいますが、主な役割はヒーラーです。家の中でも、誰も顧みない植物に細やかな愛情を注いで、家族の快適空間を保つ役割であり、電気の球が切れたので取り替えを試みると、家族全員から心配され、気遣われ、案の定よろけて椅子から落ち、全員に助けられるか弱さく可憐なドジっ子です。実生活では、家に寄りつくことができずに、外からネットでゲームに張りついている引きヲタです。なのに、たまに息子と顔を合わせると、みんなを心配してないわけではないの、ごめんねと、あっけらかんとしながらも、息子から言葉で無罪を認める言葉を勝ちとろうとする、実は普通にずぶといお母さんです。娘を亡くす、という経験を、私はしていないので、彼女を責めるつもえいはないんですが、父と2人の子供たちに比べて、彼女は本心を吐露する場を与えてもらえなかった気がします。最後も、息子たちは、母は、離れて暮らしている息子に呼び寄せられればみんなで幸せになれるよね、っぽい感じで話していました。母がいま、どんなコミュニティに属しているのか、いないのか、何を大切に生きているのか、娘を失い、重大な事件の当事者として、さらに失ったものへの葛藤をどのように乗り越えたのか越えていないのか、そんなことが描かれていないように、私には感じられてしまうのでした。
岡部さんのジェンダーはわからないのですが、もし女性だとしたら、「お母さん」という存在に何か想いがあるのかな、と勝手に妄想。岡部さんが男性の場合は、無意識のうちに、母は優しく家族を労ってくれる存在で、母にとっては家族が一番大切、と思ってるかも、しれないかな?決めつけちゃダメですが。ただシンプルに、お母さんにあまり焦点をあててしまうと話が発散しちゃうから、それを避けるために敢えて削って、わかりやすくまとめたのかもしれません。
そこが気になるのは、私に子供がなく、男兄弟もいないせいかもしれません。というのは、私の周囲で考えると、母親にとって息子は特別な存在、という傾向が高いみたいで。娘を失ったアヤちゃんを失ったことは、2人の息子の存在でも癒やせなかった。ひきこもりの長男のことも優等生で本音をもらさない次男のことも、愛しているけど放置しかできない、さらにネトゲ事件によってまた新たに大きな損失を経験しても変わっていないのか、変わってしまったから今息子たちと一緒にいないのか、などなどが、気になるのでした。
でもまあ、実際にお母さんやメイさんのことを深々と掘り下げていたら、何の話かわからなくなるので、このお話はこれがよいのだと思います。